12 名前を奪われた青年
案内人レフのおかげで一行は迷わずに進むことができた。
綺麗とは言いがたいが、噂よりも掃除の行き届いた暁城塞の通路。階段。それらを抜けて、暁城塞の中心部のビルへ。そこからはエレベーターで上階に上がり。
外側の中層ビルの屋上のバラックが見えるあたりで一行は降り。
「こっちだ」
レフはそう言って、重そうな扉を指さした。
そうして一行は重い扉を抜けて、目的の場所へ。
「よう、来たか。ご苦労だぜ、クマ野郎」
その部屋の奥の椅子に座っていた男は、タケル一行とレフの姿を見るなりそう言った。
その男は浅黒い肌に黒髪、金眼。ナイフのようなまなざしと、屈強な体つきが特徴的な人物。見ただけでただ者ではないことがわかる。
さらに彼の隣には和装の老女が立っていた。彼女もまた見るからにただ者ではない。何十年も戦い続けた猛者のようだった。
「普段はいいんだが、来客のときくらいクマ野郎じゃなくてレフって呼んでくれ」
レフは言った。
「おう、そうだな。で、お前らが連絡をよこした連中だよな。俺はゼクス。The New Orderの会員で、この暁城塞の管理人だぜ」
その男――ゼクスは名乗る。
「そして私はゼクスのビジネスパートナー、紫波はるでございます。どうぞお見知りおきを」
老女ははると名乗る。
「おう、そっちは名乗らなくて良い。名前と顔は一致しているし、時間が惜しい。だから、さっそく本題に入るぜ。座れよ」
ゼクスはタケルたちに向かってそう言った。
はるとレフを含めた全員が席についたとき、ゼクスは言った。
「俺が提供できる情報はクローンについてだな。5年前、世界を裏から支配していた組織の本部にこんなモノがあった」
ゼクスがそう言うと、レフが本棚から黒いファイルを取ってテーブルの上に広げた。
ファイルの中にあったのは5年前まで存在した組織、カナリス・ルートのもの。内容はクローン人間についてのものだった。
「このファイルからわかることは、クローンはもう20年前からいたってこと、活用次第では人殺しやその人間の乗っ取り、組織の乗っ取りもなりすましも可能ってわけだ。俺も人殺しのために造られたクローンだからなァ?」
と、ゼクス。
それはタケルたちにとって衝撃だった。
「ということは、あなたも人になりかわったのか……!?」
タケルは言った。
「そりゃ、ねえよ。ここの管理権は別で手に入れたモンだ。別に俺はそういうことをしてねえって」
ゼクスは答えた。
そんな彼の隣で、気にしているかのようにタケルを見ていたのははるだ。彼女はどこか思うところがある様子で。
「あんたはそうだろうが、彼はどうだろうねえ……タケルもクローンに対して思うところがあるようだけど。どうなんだい、タケル」
はるが言う。
「僕は……」
タケルは一度口ごもる。
だが、ゼクスもレフもはるもタケルが話すことを求めている。ひょっとするとマリウスたちまで。
だからタケルは意を決して言った。
「僕は、どちらがクローンかわからないまま僕のクローンを名乗る人物にすべてを奪われました。本当の名前も、転生病棟に来るまでの人間関係も、錬金術アカデミーに在籍していたこともすべて」
タケルの言葉を聞いて、はるは複雑そうな表情を浮かべた。ミッシェル以外の面々もそうだ。
「そうか、だからお前は合流してから頑なに本名を名乗らなかったのか」
そう言ったのはマリウス。
「名前なんざどうでもいいだろ……」
マリウスの直後、ゼクスはそう言った。だが、すぐにはるの突き刺すようなまなざしを感じて。
「いや、そうじゃねえな。すまん」
即座にタケルに対して謝罪した。
どうやらゼクスははるに頭が上がらないらしい。タケルたちはゼクスたち3人の力関係を見たような感覚を覚えた。
「いいんです。僕は僕だから。こればっかしは受入れないといけない。それより、クローンのことで気になることがあるんですが……」
タケルはそう言って話題をそらす。
ゼクスたちだけでなく、ともに旅を続けているマリウスたちもいっせいにタケルを見た。
「クローンって突然変異が起きるんでしょうか」
タケルは続ける。
すると、ゼクスは答えた。
「また面白いことを言うじゃねえか。報告はされてねえし、多分お前らの方が詳しいだろ」
「適当なことを言うんじゃない。と言いたいところだけれど、ゼクスの言うことは確かさね」
ゼクスに続き、はるも言った。
ゼクスたちが持っていた情報は、あくまでも転生病棟やΩ計画とは無関係の、しかも5年前までの情報だ。最新のこととなればタケルたちの方がよく知っているのだろう。
「そう、ですか。わかっただけでもよかったけど――」
タケルがそう言いかけたときだ。
地面が揺れる。
レムリア大陸では珍しい地震か。違う。これはまるで、暁城塞の地盤の中で爆発物でも使ったような。
揺れはそれなりに大きく、本や調度品などが床に落ちる。たたきつけられる。
やがて、揺れは収まった。
今までに経験したこともない出来事が起き、不安に襲われる者もいた。そんな中でタケルは言った。
「転生病棟のラオディケだ。こんなところにまで来るなんて」




