9 壊された祠
タケルたちの目的地、春月支部はそわそわとした雰囲気に包まれていた。タケルたちが来るということもあったが、それ以外の理由も大きい。
「まずい……」
藍色の髪の、喪服のような黒服をまとった女――春月支部の支部長、神守杏奈だった。
「何があったんです? まさか……」
赤毛の女が尋ねると、杏奈は答えた。
「そのまさか、祠が壊されたんだ。昨日、眠れないでモニターを見ていたらな。これを見てほしい」
と言って、杏奈はタブレット端末で動画を再生する。
再生されるのは月明かりもない夜の公園。夕桜の道の駅の公園のもの。そこにミッシェルが現れ、さらに男が襲撃する。2人は戦闘を始め――祠は破壊された。
「え……それはまずくないですか?」
「まずいな。早急に対処せねばならん」
そうして話と対処を進めていると約束の時間になり。
ビルのインターホンが鳴った。
タケルたちを出迎える支部長の杏奈と赤毛の女。
「クリシュナからだいたいのことは聞いている。少し面倒な案件ができてしまったがよろしく頼む。ああ、聞いているかもしれないが私が支部長の神守杏奈。こっちが篠栗茜」
紹介されたアカネはタケルたちにお辞儀をした。
彼女は一見快活な雰囲気を見せるが、どこかミステリアス。さらに年齢も何もかも違うはずなのにロゼと近い雰囲気を漂わせていた。それは決して幼いだとか、未熟だとかではなく。もっと別の次元での何かだろう。
こうしてタケルたちは無事に春月支部の面々と顔を合わせることになったのだが。
「あ……あんた……映像に映ってた」
ミッシェルの姿を見るなりアカネは言った。
「映像?」
聞き返すミッシェル。すると、アカネは続けた。
「ねえ、アンタあの祠壊したんだよね……!? やべー、どうしよう……」
明らかにうろたえるアカネに、ミッシェルも不安を覚えた。
祠を破壊したのは実際にはミッシェルではない。だが、昨夜のローベルトとの戦いで祠は破壊されており、ミッシェルも無関係ではなかったのだ。
「ちが……あたしじゃねえよ、祠を壊したのは。どういう仕組みで祠が壊されたことがわかったとか知らねえけど」
「嘘……撮れてた動画はそれっぽかったんだけど。それでも、あの祠の中身が出てるってことだよね……それ、やばくないですか?」
そう言って、アカネは杏奈を見た。
「まずいな。そもそも、この春月支部が何を目的に作られたかを話さなくてはならんな」
と、杏奈。
話が長くなると判断した彼女たちは、アカネや途中から来た男――杏介を含めてこの場にいる全員を別室に案内した。
その部屋は畳が敷かれ、和座椅子とテーブルが置かれたような場所だった。そんな部屋に案内されたマリウスはどこか興味ありげに部屋を見回していたが。
「話すことは多いし、時間はあんまりない。手短にいくぞ」
杏奈はそう言い、悲しみをたたえながらも峻厳なまなざしに圧されたタケルたちは席につく。
「まずはお前、ミッシェル・ガルシア。監視カメラの映像ではお前が何者かと戦って祠を破壊したように見えたが、実際には破壊していないと」
席につくなり杏奈はミッシェルに言った。
「誓って言うぜ。あたしは祠を壊してねえ。まあ、あたしが攻撃を避けたから祠はぶっ壊れたけどさ、直接壊したのは別のヤツ。あたしらを追ってきたクソッタレだよ」
ミッシェルは答えた。
すると、ただでさえ険しかった杏奈の顔がより険しくなった。
「そうか……本当は何度も検証したいところだが、今は時間がないのでお前が壊していないという前提で進める」
と、杏奈。
考え方といい、方針といい、やりかたといい、杏奈という人は錬金術師のような人物だった。もし彼女が錬金術を学んでいれば、大陸中にその名を轟かせる大錬金術師になっていただろう。
「戦った相手はどのような人物だった?」
杏奈はさらに尋ねた。
「今、あんたはあたしに転生病棟……じゃないや、Ω計画の内部に触れるような質問をしたってことを忘れんなよ。あたしが戦ったのはΩ計画の改造人間、CANNONSのひとり。武器はサーベル。現場に行きゃあわかるがちゃんと刀傷みてえなのはある」
ミッシェルは答えた。
「そうか。ならば、CANNONSについて知っていることを教えてくれないか」
杏奈がまた尋ねると、ミッシェルは得意げな笑みを浮かべて親指で彼女自身を指し。
「そりゃ、あたしの体を調べるのが一番手っ取り早い。だって、あたしも元CANNONSだからな」
部屋に緊張が走る。杏奈は眉間にしわを寄せ、アカネも身構える。一方、この中で一番情報を握るマリウスは頭を抱えた。
「……露悪的になるな、ミッシェル」
マリウスは呆れながらミッシェルの隣で耳打ちした。
「仕方ねえだろ、これ以外のやり方を知らねえから」
と、ミッシェル。
「杏介。ミッシェル・ガルシアを検査室に連れて行け。侵襲レベル2まででミッシェルの体を調べる」
「わかったよ、姉さん」
ため息をつき、杏奈は言った。
すると、杏奈と同じ髪色、瞳の色の男が立ち上がり、ミッシェルを検査室へと連れて行く。
ミッシェルがいなくなったことで、話し合いの空気はまた変わる。
「それで、祠のことは置いておく。他に何かあるか?」
杏奈は気を取り直してこの場にいた全員――とりわけタケル一行に尋ねた。すると、タケルがすっと手を上げて言った。
「杏奈さんに読んでいただきたいものがあるんです。頭が切れる杏奈さんなら別の解釈があると踏んでのことなのですが……」
タケルが言うと、彼に視線が集中する。
読んでほしいものとは、タケルが持ち込んだカノンの日記。テンプルズ支部ではタケル以外、誰ひとりとして理解することができなかった文字通り怪文書だ。
「わかった、読んでみよう」
と言って、杏奈はカノンの日記を受け取って開き。
読み進めるごとに杏奈の表情は変わる。
「タケル。この日記の写しをここで保管したい。気になる箇所があったのでね」
杏奈は言った。
「もしかして杏奈さんも……」
「すべてが理解できたわけじゃない。ただな、引っかかることがあった。このことについては、ミッシェルの検査結果が出てから話すとしよう」
どうやら杏奈もタケルと同じく「解る」側の人だったのだろう。
【登場人物紹介】
神守杏奈
レムリア4th『ルーンと異界の旅日記』主人公。レムリア5th『町に怪奇が現れたら』、レムリア7th『ダンピールは血の味の記憶を持つか』にも登場。
春月支部の支部長。頭が切れる人で、魔境を任せられると評判。彰という夫がいたが、2年前にイデア使いの寿命のため亡くしている。
篠栗茜/アカネ・ササグリ
春月支部所属の赤毛の女。怪異や因習に詳しいほか、イデア能力と錬金術を組み合わせた謎の能力を使う。ロゼの面影がある。
秋吉杏介
レムリア5th『町に怪奇が現れたら』主人公。
春月支部所属。杏奈の弟。




