6 回復と覚醒
話すことがあまりにも多く、会議は3時間にも及んだ。
が、ある程度情報が出そろったところでクリシュナが口を開く。
「やることを整理しようか。まず、僕はリアム・ホーキング医師について調べておく。もし彼が生きていればこちらからコンタクトを取ってみよう」
「俺たちはこれまで通り系列の施設を破壊して情報を盗む」
クリシュナに続いてペドロが言った。
すると、さらにタケルが言った。
「僕たちはこれまでに名前が出た人たちに会ってみる」
タケルが会おうとしている者たちは8人。
それぞれがカノンやアノニマス――オメガ計画に対して行動を起こそうとしている。
「やることが決まったならこの会議は終わりにしよう。マリウスが渡してくれた概要書や被験者リストはこちらで預かっておく。もしここからわかったことがあれば連絡しよう」
と、クリシュナは言った。
「お願いします。ところで、この日記は……」
タケルはクリシュナにカノンの日記を手渡そうとしたが。
「これは理解できる人が持っているべきだよ」
そう言ってクリシュナは受け取らなかった。
会議が終わったあと、タケルたち――転生病棟から脱出したメンバーは医務室に向かった。脱出したのはここにいるタケル、マリウス、エステルの3人だけではないのだ。
タケルは1階にある医務室の入り口をノックした。
「急患ですかあ? 話は何も聞いていませんけどお」
医務室からドアごしに女の声がした。声と話し方からして確実にミッシェルではない。
「医務室に運ばれたミッシェルの関係者です。お見舞いに来ました」
タケルは言った。
「あまり通したくはないんですけど……」
「うるせえ、さっさとタケルたちを通せ。あたしの大切な仲間なんだよ」
ミッシェルの声もした。
その数秒後くらいに医務室のドアが開いた。
医務室にいたのは眼鏡をかけ、白衣を着たピンク髪の女だった。
「もう、感謝してくださいよお。ミッシェルの意向であなたたちはここに入れるんですから」
ピンク髪の女は言った。
「ありがとう、先生……?」
「マリカ。支部長に認められた天才錬金術師ですよお」
マリカは自信ありげに言うと、タケルたちを中に案内する。
テンプルズ支部は錬金術の強い支部だが、医務室の設備は普通の病院のよう。とはいえ、細部を見てみれば腕の良い錬金術師しか扱えないような器具が棚に仕舞われている。
医務室の一角にはカーテンで擬似的な個室になるような場所もあり。
「ミッシェル? お見舞いの人が来ましたよお」
マリカはカーテンを開けてそう言った。
「タケルたちだろ。いいから通せ」
「はいはい~」
マリカはそう言ってカーテンを開ける。
ベッドに入り、体を起こしていたミッシェルは顔色が悪い。タケルは見慣れてしまったが、エステルはミッシェルの顔を見て表情をこわばらせた。
「これは……」
声を漏らすエステル。
「再教育施設を出てから調子悪いんだよ。クソが、今までみたいに戦うこともできねえ。錬金術での治療もできねえと来た。賢者の石があたしの体と反発してやがる……」
ミッシェルは悔しげな口調でそう吐き捨てた。
するとエステルがミッシェルの手を握る。
伝わる2つのエネルギー。ミッシェルは今、相反する2つの高エネルギー体を持っていた。
「深紅の鼓動は蒼の鼓動と反発する……確かにこのままでは良くないだろう。だが、私ならお前を治療できる」
エステルは言う。
「ちょっとお! 意味のわからないことを!」
と、マリカ。
「黙れ。これは錬金術だけでどうにかできる代物じゃない。ミッシェルから深紅の鼓動を奪わなくては治療もできん。お前にとってそれが不愉快ならば……」
エステルからあふれる威圧感。
人間に対して友好的だとはいえ、エステルは魔族。その事実をタケルたちは思い出す。
「……わかりましたよお。でも私、責任取りませんからね!」
マリカは仕方ない、とばかりにそう言った。
彼女がカーテンの外に出るとエステルが言う。
「マリウスとスティーグも一旦外に出てもらえると助かる。タケルはここにいてくれ。私がミッシェルの傷を塞げなかったら力を貸してほしいんだ」
「わかった」
何をするのかはわからない。だが、マリウスはスティーグと顔を見合わせてカーテンの外へ。
残された3人のうち、タケルはどこか気まずそうだったが。
「私はタケルを信じている。やるぞ。麻酔とやらがないから少し痛むかもしれんが」
エステルはミッシェルの鳩尾に触れ。
衣服を貫通し、エステルの右手はミッシェルの体内へ。体内に手を入れれば、異質な鼓動をたどる。深紅の鼓動、賢者の石はすぐ近くにあった。
エステルは賢者の石を握りしめ。ミッシェルの体から手を引き抜いた。
「ぐうっ!?」
エステルが手を引き抜いたところから鮮血がにじむ。
「タケル! 止血を頼むっ!」
とっさに言うエステル。
タケルはすぐにミッシェルに近寄り、皮膚に触れ。
「治療ができたなら、きっと止血も……」
タケルはそう言ってミッシェルの体内のエネルギーを見る。
賢者の石が体内にあったときのように異常なエネルギーは彼女の体内には存在しない。
だから、タケルは錬金術を発動させた。
傷ついた組織を修復する。エステルが手を入れ、賢者の石を摘出したことで傷ついた部分だけではない。相反する2つのエネルギーが傷つけた部分も。
エステルはといえば、摘出した賢者の石をまじまじと観察する。文献では読んだことがあっても実際に見ることは初めてなのだ。
賢者の石は紅く、その中心では何かが脈を打っているようだった。
エステルは脈打つ何かに惹かれ。賢者の石を取り込んだ。
エステルの肉体は賢者の石と一体化し、肉体は作り替えられ。
まずエステルが感じたのは光を受けた際の不快感の消失だった。
「……そうか。賢者の石を体内に持っておくべきだったのはミッシェルではなく私だったのか」
エステルは呟いた。
「どういうことだよ……!? あたしが持ってると体調不良にしかならなかったぜ!?」
そうやって突っ込んだのはミッシェル。
心なしか彼女の顔色も良くなっていた。だが、それだけの話ではない。
「肉体の性質の問題だろう。私とお前は種族から違うし、お前の体は改造されていると聞いた。おそらくそれが理由だ」
エステルは答えた。
「そうかよ。まあ、あたしの体が良くなったのならいいんだけどさ。戻ってきて良いぜ。やったことはさておき、結果的に良かった」
と、ミッシェル。
彼女の声を聞き、マリウスたちもカーテンの中に戻ってきた。
【登場人物紹介】
マリカ
鮮血の夜明団テンプルズ支部所属の錬金術師。




