5 常人と超人と狂人
どこか気まずい空気になったところで、20歳にならないくらいの青年がコーヒーを持って入ってきた。
「助かるよ、シャンカール」
クリシュナは言った。褐色肌のその青年はシャンカールというらしい。
シャンカールはそれぞれにコーヒーを配ると、タケルたちの顔を少し見て部屋を出る。
「彼はうちの新人。人を見る目を養うために新人にはこういうことをお願いしているんだよ」
と、クリシュナは言う。
「そりゃ知らなかったぜ。で、支部長。本題に入ってくれよ」
マリウスは言う。
口調は軽く、マリウスも冷静なように見えていた。だが、それは表面上のものだとクリシュナは気づいていた。
「そうだな。情報を共有しよう。まずはペドロから持っている情報を」
「俺が知っているのは転生病棟の状況と弱点、ロゼの行方だな。あとは転生病棟から面白いモノを持ってきた」
クリシュナに指名されたペドロは得意げに笑う。
「まずは転生病棟の状況。あそこは放棄されたようにも見える。かろうじてシステムは生きているが、幹部たちは全員引き揚げた。ただし情報につながるものは全部持ち出されたか破壊されたか」
「おいおい、そういうことが……」
マリウスは言葉を漏らす。
事実、マリウスたちが転生病棟から脱出したときには、まだ内部に幹部たちがいた。それどころか、一般の職員だって。さっそくマリウスの考えが外れていたのだ。
「確かに再教育施設にいた幹部だっていたから筋は通るね……」
そう言ったのはタケル。
「再教育施設?」
「転生病棟以外にもその手の施設があるのか」
マリウスとクリシュナは聞き返す。
「うん。僕がいたところだよ。転生病棟なんかに反逆した人間が連れてこられる」
タケルは答えた。すると、クリシュナは言う。
「そうか。詳しくは後で聞くから、ひとまずペドロは話しを続けてくれ」
「ああ。転生病棟はあの通りだ。それで、次にロゼについてだが……俺たちで保護した」
ロゼについての方法を得て、マリウスの表情は心なしか明るくなっていた。
「よかった、ロゼが無事で」
と、マリウス。
「だな。今はパーシヴァルと仮拠点にいる。なんとも言えない様子だが、安全な場所にいるとだけは伝えておく」
ペドロは続けた。
ロゼは無事。しかも安全な場所にいる。マリウスはこのままロゼと合流すべきなのかを考えていた。タケルだってそうだ。
果たしてロゼをこれからの旅に連れて行っていいものか。パーシヴァルやペドロとともにいるべきではないか。
タケルは迷いを隠すようにコーヒーを口に含んだ。
苦味が口いっぱいに広がった。自身の迷いを反映するように。
「ロゼについては複雑なことだってのはわかっている。で、次に転生病棟のセキュリティの穴だ。もしかしたら、タケルも察しているんじゃないか?」
と言って、ペドロはタケルを見た。
「もしかして、霊安室?」
「その通りだな。あとは、霊安室のその後の流れ。実験体廃棄施設と、その先の火葬炉。責任者は幹部ですらないし、ある時期に再教育施設まで出向していた。生者にとっての穴はなくとも、死者にとっての穴はあったんだよ。正確には死者とされた者だが」
タケルが答えるとペドロは続けた。
確かに転生病棟はタケルたちの脱走まで、生者の脱走を許さなかった。生きて帰ってくる者などいなかった。たとえ鮮血の夜明団の構成員であっても、マリウス以外は転生病棟に行ったきり行方をくらませた。
だが死者は違った。一度死者とされたタケルが証明していたのだ。
「続けるが、実験体廃棄施設には穴があったんだよ。どこか……昔の地下隧道に通じる道がな。あれは、やろうと思えば出られる。そういう術式を使えば――」
「その穴を突いた人がいるかもしれない」
ペドロの言葉を遮るようにタケルは言った。
すると、ここにいた全員がタケルに視線を向ける。が、すぐにマリウスは何のことか理解した。
「リアム・ホーキング医師だろ。俺も見当が付いたぜ」
マリウスも言う。
リアム・ホーキング。
魂の転移についての研究に参加していた医師であり、ノートに遺書を残して自殺した――とされている。ペドロもリアムの死の話は聞いていたが、ペドロはあくまでも「消された」と考えていた。
ペドロはぽかんとしていたが、すぐにいつもの様子を取り戻し。
「そういう捉え方もあるな。盲点だった」
すぐにそう言った。
さらに、ペドロは持ってきていたバックパックから1冊のノートを取り出し、机に置いた。
「それで、こいつが院長の日記。いつ読むか?」
ペドロはここにいる全員に尋ねた。
「今読もう」
タケルはそう言って、ペドロに許可を求めるような目線を向けた。
「俺は面白いからといってもったいぶる趣味はないぞ。今、それを読みたいならそれでいい」
と言って、ペドロはノートを開く。
衝撃だった。
ノートに綴られるのは、錬金術をよく理解しない者ならば理解に苦しむ内容。いや、錬金術を極めた者でもあるクリシュナやペドロでさえも理解に苦しんだ。
なぜ院長カノンはこうも常軌を逸した内容を書けるのか。
「こんなことを考える人間がいるなんて……」
スティーグは言った。
「そうだな……私は人間じゃないがそれでもわけがわからない。いや、だからこそ転生病棟の院長など務められたのか」
エステルも続ける。
そんな中、1人だけノートの内容を理解した者がいた。
タケルだ。
「カノンは世界を使って実験をしているんだ……世界に色々な方法で介入して……」
タケルがそう言うと、他の4人はいっせいにタケルを心配するような視線を向けた。
「まさか再教育施設でそういう思想でも植え付けられたのか……? カノンに同調するような……」
と、マリウスは尋ねた。
「わからない。でも、再教育はまだ始まっていなかった。少なくとも僕のは……あるとしたら僕が生き返ったこととか……ペドロがこうならナノースのせいだとするのは違うと思うんだ」
答えるタケル。
「……ひとまず、再教育施設のことを教えてくれ。何が起きたかも、できる限り詳しく」
タケルのことをできる限り信じたかったクリシュナは尋ねた。
「僕が目を覚ましたときにはすでに再教育施設にはいたんだ」
その言葉を皮切りに、タケルは再教育施設のことをぽつりぽつりと話す。
再教育施設の目的。
タケルたちが再教育施設で見たもの。
2人の幹部と魔族、自身のクローンを名乗る青年との戦い。
グリフィンの死。
魂の転移装置について。
タケルが話せることはほとんど話した。
「……多分、これはΩ計画……世界を変える計画のために必要なピースなんだ」
タケルはそうやって締めくくる。
「まいったな……タケルもカノンも、病棟の幹部どもも全員が俺の予想の斜め上を行きやがる」
諦めたような笑みを浮かべつつマリウスが言った。
そうして話を続け、タケルたちの方針がまとまっていった。




