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克法ロジックパラドックス -世界を変える簡単な方法-  作者: 墨崎游弥
反逆者の旅【大陸放浪編前編】
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4 テンプルズ支部へ

「なんだろう、僕たちはいずれ一つに溶け合う、かな」


 これは夢か。

 タケルの目の前でグリフィンが微笑む。微笑んだかと思えば、タケルを強引に魂の転移装置に押し込める。抵抗しようにも、グリフィンの力は強い。


「大丈夫。僕は君と一緒にいる」


 グリフィンの笑顔はあまりにも切なく、もの悲しく。

 タケルはその後を知っている。グリフィンは自らを犠牲にし、タケルと溶け合うことでタケルを生き長らえさせた――


 一緒にいるとは何だ。

 溶け合うとは何だ。

 もうグリフィンには夢でしか逢うことができないではないか。

 自らの半身ともいえる存在だというのに。


「うわあああああ! グリフィン! グリフィンッ!」


 うなされ、叫び、飛び起きるタケル。隣のミッシェルはとうにかタケルをなだめる。

 そうして、タケルはどうにか落ち着きを取り戻す。

 ここは車中。再教育施設ではない。だが、グリフィンの死は、タケルの心に大きな影を落としていた。


 車を走らせること6時間。同じような景色を過ぎ、いよいよテンプルズ支部が近づいてきた頃にタケルがふと言った。


「そういえば、転生病棟の職員はどうなったんだ?」


「ああ……それは」


 ペドロは車のハンドルを握りながら答える。


「俺のように逃亡を試みたやつは大半が殺されたな。逆に逃げなかったやつらは系列の施設に行ったらしい。パーシヴァルも再教育施設でやつらを見たと言っていた」


 それはタケルがある程度予想していた答えだった。だが、ペドロはさらに付け加えた。


「気づいたのは俺だけのようだが、転生病棟の警備状況にも穴があった」


「出る者を許さないっていうあの転生病棟が?」


 タケルは聞き返す。


「そうだ。生者を逃がさないためのセキュリティは完璧としか言いようがなかっただろうが、死者は違う。タケルだってわかるだろう? 霊安室から出て、幹部を1人殺しているんだ」


 ペドロはまずタケルのことに言及する。


 言われてみればその通りだろう。あの病棟は死者が霊安室で生き返ることを想定していなかった。だからタケルが反乱を起こし、一度は捕まっても転生病棟を混乱させた。混乱させて、脱出にも成功した。


「その通りだね」


 タケルは苦笑しつつそう言った。


「それだけじゃないぞ。霊安室の次は実験体の廃棄所。あの区画はな、お前によく似た男が管轄だったが3ヶ月くらい前から再教育施設に出向していた。実験体の廃棄所からは火葬炉に通じているんだが、正体不明の通路を見つけた。開けられてしまったんだ」


 そうやってペドロは語る。


「ということは、実験体廃棄所から外に出られてしまうわけだね。普通は職員も患者も立ち入れない場所だから警備の内側が手薄だった……」


「そうなるな」


 ペドロは言った。

 するとタケルは言う。


「まさか……その期間に外に脱出した人がいるかもしれない。自殺した元職員のノートに書いてあったあの日は期間に入ってる」


「……まあ、気づいたのは俺だけとは限らないからな。可能性は薄いだろうが」


 一瞬だけペドロはタケルに目線を移し、再び前を見る。

 植生はかなり変わってきた。テンプルズ支部まではもうすぐだった。


 やがて、タケルたちはテンプルズ支部にたどり着いた。

 テンプルズ支部は垣根に囲まれ、周囲に小規模な庭園のあるビルだった。ここに南東の案件や錬金術に関わる案件を処理する機能が集約されているという。


 車を降りるとペドロはすぐに電話をかけた。話していることからしてテンプルズ支部の構成員だろう。


「わかった。前で待っている」


 と言って、ペドロは電話を切った。


「敷地内の入り口前で待っていろ、だそうだ。支部長とマリウスが一緒に来るらしい」


 ペドロはタケルとミッシェルに言った。2人とも事情はわかっているようだったが、ミッシェルはいつもにまして顔色が悪い。


「車酔いか?」


「ちげえよ……偶然調子が悪い日にブチ当たっただけだ」


 心配するペドロが尋ねるとミッシェルは答えた。


 そうして話していると、ドアが開いてマリウスとテンプルズ支部長――クリシュナが出てきた。クリシュナは褐色肌に銀髪、ヘテロクロミアで眼鏡をかけた人物。一目で異質だとわかるような人物だった。


「初めまして。俺がテンプルズ支部長、クリシュナだ。連絡、感謝するよ」


 と言って、クリシュナは握手しようと手を差し伸べた。


「こちらこそ。連絡に応じてくれたことを感謝する。この2人が俺の同行者。タケルとミッシェルだ」


 ペドロはクリシュナの手を握る。


「さて、君たちが合流したい者たちだが。中で待っている。君たちの持つ情報にも興味がある。とにかく中に来てくれ。それと、ミッシェルは医務室に。顔色が悪そうだからね」


 クリシュナはそう言って、タケルたちを案内する。

 途中の医務室にミッシェルを送り届け、一行は応接室へ。

 その応接室は薄暗く、エステルともうひとり――タケルが会ったこともない男がいた。その男は屈強で髪が長く、威圧感を感じさせる外見だった。


「ミッシェルは医務室。これで全員だね。座ってくれ」


 クリシュナに促されるままに、タケルとペドロはソファに座る。


「そうだ、君たちは彼のことを知らないんだったね。紹介しようか。彼はスティーグ・ハグストレーム。所属はテンプルズ支部で、荒事にも手を出している。とは言っても、悪い人じゃない」


 と、クリシュナは言う。


「支部長に言われたとおり、俺はスティーグだ。外からマリウスを支援していた人間、って言えば良いだろうか」


 紹介されたスティーグも名乗る。

 転生病棟から脱出した後、マリウスが何度も名前を口にしていたのが彼。そういう背景もあって、タケルはスティーグを信頼していた。


「はじめまして。マリウスから聞いていたかもしれないけど、僕はタケル。こっちは転生病棟の元職員のペドロ」


 タケルも名乗る。


「さて、全員揃ったことだし……」


「待てよ、支部長。ミッシェルはどうなった? グリフィンも」


 マリウスがクリシュナの話を遮った。エステルもその目線をクリシュナに向けた。


「ミッシェルは体調不良で医務室にいるよ。で、グリフィンとやらは……彼のことは聞いていない。そもそも来ることも知らなかったが……」


 と、クリシュナ。


「グリフィンは……グリフィンはもう……僕と一緒に連れ去られてその先で……命を擲ったよ。僕のために」


 答えたのはタケル。彼はこの場で唯一グリフィンの最期を知っている。

 グリフィンは自らを犠牲にし、その魂をタケルと融合させた。タケルとグリフィンはひとつになったのだ。


「ごめん、マリウス。僕のせいだ。グリフィンは……」


 タケルは言う。が、その瞬間、ずきんと頭が痛む。まるでグリフィンが自責の念に駆られるなとでも言っているかのように。


 すると、マリウスは言った。


「おいおい、自分を責めるなよ。お前が手にかけたわけじゃねえんだろ。どうにもならねえこともあるだろうよ」


「どうにもならないこと……」


 タケルはマリウスの言葉を繰り返した。


「過去は変えられねえ。受入れるのに時間はかかるだろうが、今と未来を見ろ、タケル」


 と、マリウスは続けた。

 どこか附に落ちないところもあったが、タケルは受入れようとしていた。

【登場人物】

クリシュナ

レムリア7th『ダンピールは血の味の記憶を持つか』にも登場。

鮮血の夜明団テンプルズ支部の支部長。それなりに高名な錬金術師。


スティーグ・ハグストレーム

鮮血の夜明団所属。マリウスの協力者で、転生病棟の外部からサポートしていた。

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