3 僕たちのやりたいこと
呼び鈴の音を聞きつけ、タケルは急いで玄関に向かった。
玄関のドアののぞき穴から外を見ると、そこには見覚えのある人物がいた。彼は転生病棟の職員にしてタケルにも協力した人物。転生病棟からすれば裏切り者であるペドロだった。
タケルは警戒しつつドアを開けた。
「よかった、やはりここに潜伏していたんだな。俺のこと、わかるか?」
訪問者ペドロは言った。
ペドロは転生病棟の裏切り者で協力者とはいえ、協力者としてタケルと話すことはほとんどなかった。だからペドロがそう尋ねるのも無理はない。
「確かマリウスと同じ検査部門の……」
「そうだ。死にたくなくて病棟を裏切ったペドロだ。あんたに伝えたいことがあって来た」
と、ペドロは言った。
「伝えたいことって?」
タケルが聞き返すとペドロは答えた。
「マリウスたちがどこにいるかだな。話すと長くなりそうだが……」
「話は中で聞くよ。もし君が僕たちをだまそうっていうのなら、僕が君を殺すから」
そう言ってタケルはペドロを部屋に上げる。
ペドロはタケルの後をついて行くのだが、リビングに入ったときにもう1人の人物と目が合った。
改めて顔を合わせた2人の間の空気が凍り付く。
ミッシェルとペドロ。元被験者と元転生病棟職員。
この関係ならば、ミッシェルはペドロに敵意を向ける理由があった。
「元病棟職員が、よくあたしの前に顔を出せるな?」
ミッシェルは悪意のこもった口調でそう言った。
体調は悪くとも、その突き刺さるようなまなざしは健在。かつて生体兵器とされるはずだった彼女の攻撃性を反映しているようだった。
ペドロはミッシェルから顔を背けて言う。
「返す言葉もない」
それが今のペドロに言える精一杯の言葉だった。
だが。
「冗談だ。その辺りはもう割り切ってるよ」
ミッシェルは軽く笑いながらそう言った。
「そうなのか……」
と、ペドロ。
彼から見た今のミッシェルは、どう見ても以前とは違う。体調不良がどうとかではない。彼女の魂の中身から変質しているような。
だが、ペドロは深掘りすることを控えた。深掘りすることでミッシェルを傷つけることを嫌ったからだ。
「それ以上の事態に直面してんだよ、あたしらは。いいからさっさと本題に入れよ」
と、ミッシェルは体を起こしながら言った。
「そうだよ。別に座るなって言ってないから、座ってゆっくり話をしよう」
タケルもミッシェルに続く。
2人から言われ、観念したペドロはソファに腰掛ける。
「さっそく本題なんだが、俺はマリウスたちの居場所を知っている。それを伝えるためにここに来たんだ。パーシヴァルから情報をもらってな」
ソファに座り、ペドロは言った。
「そりゃ、パーシヴァルと一緒に病棟を脱出したからな。ここもパーシヴァルに聞いた。未来でも見つからなかった場所だそうだ」
と、ミッシェル。
彼女の「未来」という言葉に、ペドロは一瞬表情が変わる。が、気にしないという選択肢をとれたペドロはあえて「未来」について突っ込もうとはしなかった。
「パーシヴァルが教えてくれたのか。で、まずはロゼの居場所。天性病棟の幹部にマリウスが襲撃されたらしいが、幹部にロゼが捕まっていたところを俺が助けた。今はパーシヴァルのところにいる」
ペドロは続ける。
「ロゼにそんなことが……怪我は……」
「怪我はなかった。転生病棟としても傷つけたくない、殺したくない対象であることは確かだ」
タケルが聞き返すと、ペドロは答えた。
「無事ならよかった」
と、タケルは言うがペドロはどこか煮え切らない様子。
「それなんだがな、ロゼが新型のナノースを服用した。つまりだな、俺やあんたと同じナノース使いになった」
「なんだって?」
タケルは聞き返す。
「念のため言っておくが、俺もロゼも今のところ大丈夫だ。ロゼならパーシヴァルのところで動物図鑑を見てるしな」
ペドロはタケルの考えを見抜いていたかのようにそう言った。
「ひとまずは安心……なんだね。で、マリウスたちは?」
「マリウスたちは鮮血の夜明団のテンプルズ支部にいるな。襲撃はされたが、あっちの支部長が機転を利かせたみたいだ。わかりにくいなら地図を見てみようか」
ペドロは羽織っていたジャケットのポケットから大陸南東部の地図を取り出した。その地図にはいくつかの印がつけられている。
「まずこれが転生病棟。見てわかるとおり、海岸線近くにあった。それで、こっちの施設。転生病棟よりも内陸に入ったところに再教育施設がある」
と言うと、ペドロは星の印をつけた転生病棟から赤く塗られたルートを指でたどる。その先が再教育施設。転生病棟と同じく星の印がつけられていた。
「ということは、僕たちは海岸で襲撃されて再教育施設に着くまでにかなり長い間眠っていたことになるのか」
タケルは言った。
「そうだな。それで、パーシヴァルと一緒に脱出しただろう? 未来まで壊されない町、アセンションが最寄りの町。つまりここだ」
と言って、ペドロは再教育施設のすぐ隣を指した。
南東というくくりで見てみれば、この町は再教育施設からほど近い。このことを知って、ミッシェルは顔をしかめた。
「こんなに近かったら連中がここまで来るのも時間の問題じゃねえか」
と、ミッシェル。
「その通りだ。続けるぞ。マリウスたちがいるのはここ、テンプルズ支部。ほぼレムリア南部と隣接しているテンプルズの町だ」
ペドロはそう言って、アセンションの町から下に行ったところを指した。距離はそれなりにあるだろう。
「それで、あんたたちに聞く。これからどうしたい?」
さらにペドロは尋ねた。
「僕もミッシェルもやりたいことは決めているよ。マリウスたちと合流して、Ω計画の産物、情報すべてを鮮血の夜明団に集める。計画を頓挫させても、置き土産を渡してはいけない連中がいるんだ」
答えるタケル。ミッシェルも彼の隣で頷いていた。
「そうか。あんたたちもここで終わらせるつもりはないんだな。行くぞ、マリウスたちのところに。俺がテンプルズ支部まで連れて行く」
ペドロは言った。
そうして、タケルとミッシェルは準備を済ませてペドロの乗ってきた車に乗り込んだ。




