1 ロゼとパーシヴァル
【これまでの話(Side:パーシヴァル)】
敗北とロゼとの邂逅、再教育施設への移送を受けてパーシヴァルは転生病棟を裏切ることを決意した。タケルたちと合流し、魔族アベル、タケルのクローンを名乗る人物と戦い、施設の深淵へ。
さらに施設の奥深くではカウンセラーのミュラー、研修医のキイラとの戦いを繰り広げ。タケルへのグリフィンの魂の転移を見届け。パーシヴァルはタケル、ミッシェルとともに施設を脱出したのだった。そしてパーシヴァルが向かったのは。
夕闇に紛れ、その男は森の小道に入っていった。赤髪の少女を抱きかかえて。
男の名前はペドロ・ライネス、赤髪の少女はロゼ。
なぜ2人がこの森にいるのか。その理由は1時間ほど前に遡る。
1時間ほど前。
ペドロは森に面したモーテルを襲撃した。そこには転生病棟あるいはΩ計画の幹部が潜伏しており、ロゼも拘束されていた。そのロゼこそがペドロの目的だったのだ。
幹部の木を出し抜き、ロゼを救出して森へと消え、今に至るというわけだ。
「おにいちゃん?」
ロゼはペドロに言った。
「静かに。今から危なくないところに行くからな」
ペドロは声を抑えてロゼに語りかける。
そうして夕闇の森を進み、1件の木造の家にたどり着くペドロとロゼ。家に到着するなり、ペドロは呼び鈴を鳴らした。
しばらくすると呼び鈴を聞いた家主がドアを開ける。
「ペドロ……ロゼもいるのか。こっちに来るとは聞いていたが」
家主はパーシヴァル。
パーシヴァルはドアの隙間から驚いた様子でペドロを見た。とはいえ、驚いていたのはペドロと再会できたからではない。彼が抱きかかえていたロゼを目にしたからだ。
ロゼはきょとんとした様子でパーシヴァルを見ていた。そのように見られれば、パーシヴァルは目をそらしてしまう。
「ああ。盗み出せたものがあったんでね。ロゼについては完全に想定外だが」
ペドロは答えた。
「何を盗み出したんだ? 情報か?」
「情報もそうだが、一番はナノースだ。『Photo』っていう俺に移植される予定だったナノースと、新型のナノースだな。致死率を考えて、使うつもりはないがな」
ペドロはそう言うとポケットにしまい込んでいた小瓶を取り出した。小瓶にはそれぞれ『Photo』と『No.101』と書かれている。この小瓶からナノースを取り出し、錬金術師の身体を切り開いて移植するという。
パーシヴァルに小瓶を手渡すと、ペドロはさらに言った。
「それにしても、マリウスのやつはロゼを護衛しきれなかったらしい。相手が相手だから仕方ないところもあるがな」
ペドロが襲撃した人物は木。モーテルに一時的に身を寄せていたところを襲撃し、出し抜いてロゼを奪還することはできた。とはいえ、一歩間違えばペドロもロゼも死んでいただろう。
「俺がロゼを連れ戻せたのも奇跡みたいなもんだ」
と、ペドロは付け加えた。
すると、パーシヴァルは納得したように頷き。
「そうだな。確かにムゥは確実に俺より強い。とにかく、上がってくれ。連絡をよこしたんだろ?
「元からそのつもりだ。お前もロゼに会いたかったんだろ?」
ペドロのその言葉は、パーシヴァルの心に響いた。姿は違っても、記憶は違っても。パーシヴァルはロゼに会いたかったのだ。
ペドロとロゼはパーシヴァルの言葉に甘え、木造の家――パーシヴァルの拠点に上がった。
木造の家の中。
ペドロが席を外したときにロゼはパーシヴァルを見てふと呟いた。
「にいに……?」
「ロゼ……俺のことがわかるか?」
パーシヴァルは優しい声で言った。
「わかんない。ロゼ、マリウスたちのことしか知らないもん」
ロゼは答えた。
「そうか……それならいい。あんたは、俺の知っているロゼとは違うんだな。そうだよな。あんたはあんただ……」
と、パーシヴァルは言った。
今ここでパーシヴァルの考えていた可能性も否定された。今生きているロゼは、タケルのように未来の記憶――少なくともパーシヴァルとともに生きた記憶を持っていない。
「にぃにはロゼのことしってるの?」
ロゼは尋ねた。
「知ってるさ……俺は未来から来たからな。君は俺よりもすごい錬金術師で、世界をよく見ている人だった。クソみたいな未来で……希望を見失わずに生きていたんだ……」
と言うと、パーシヴァルの目からは涙があふれてきた。
30年後の未来からやってきたのも事故のようなもの。加えてこの時代に、未来へ行く方法など確立されていない。パーシヴァルには彼自身の知るロゼに会う手段などなかった。
「くっ……ロゼ……ロゼッ……!」
「にぃに。ロゼ、ここにいるよ」
ロゼは言った。
ここにいるロゼが未来のロゼと同じ遺伝子を持つことはパーシヴァルだってわかっている。が、彼自身がロゼに執着しすぎたばかりに異なる2人のロゼのことを受入れられなかった。しかもパーシヴァルはロゼを「使う」ことに加担していたのだ。
「ああ……」
パーシヴァルはロゼを見ずにそう言った。
そんなときだ。
「戻ったぞ、パーシヴァル。色々と買い出しをしてきた」
助け船を出すかのように2人の前に戻ってきたペドロ。
パーシヴァルは視線をペドロに向けてこう言った。
「ありがとう。助かる。ロゼのはできるだけ消化器に負担のないものにしてくれって話は……」
「そのあたりも問題ない。ロゼたちの食事についても資料を読んだからな」
と言って、パーシヴァルの正面に座るペドロ。
「そうだ。ナノースのことを話していなかったが……あんたが盗んできたナノース。新型は致死率がかなり下がっているし、『Photo』はあんたとの適合率が高い」
「何が言いたい?」
ふと話し始めたパーシヴァルに対し、ペドロは言った。
「……俺が未来から来たと言えば、あんたは信じるか?」
パーシヴァルは目をそらしながら言葉を絞り出す。
「あんたのカルテにはそう書いてあったな。誰が書いたのかは知らないが、カルテを見た限り未来から来たとしか言えないだろう。それがどうかしたかな?」
少なくとも、ペドロは否定しないらしい。
「俺の知っている未来では、あんたは『Photo』のナノースを使っていた。Ω計画を裏切って、戦って。俺にとって頼れる人だった。別の未来でも、同じナノースに適合していた。まあ、何が言いたいかと言うと、あんたに『Photo』のナノースを移植したところで拒絶反応で死ぬことはない」
パーシヴァルはそう続けた。
すると、ペドロの表情が緩み。
「はっはっは! まさかと思ったら、俺にナノースを移植しろって話か! 面白いことを言うな、パーシヴァルは」
ペドロは言う。
彼の目は笑っているような、笑っていないような。いつもは動じないパーシヴァルだし、ペドロの表情も見慣れている。だが、今に限っては怖かった。
「手段の一つとしては考えておく。ま、ナノースもイデアもなしにムゥのやつを出し抜いたのはほぼ奇跡だしな。いい加減腹を括れってことだと捉えとくよ」
と、ペドロは続けた。
「済まない……」
「気にするなよ。さて、次にやることを考えるか」
命を危険にさらすかもしれないことを提案されても、ペドロは前向きだった。
新章開幕です!
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