6 鉄扉の向こう側
閉鎖病棟、鉄格子つきの病室には1人の被験者がいた。全身を縛る入院着に身を包み、長く無造作な髪を垂らした女。
彼女の名はミッシェル・ガルシア。またの名を被験体番号ROSE-Ω-1。霊安室のノートに書かれていた人物と同じ。つまり適合したのだ。
「クソが……他人の人生を好きに弄びやがって……必ずぶっ殺してやる……1人残らず」
そう呟くと、ミッシェルは自身を拘束していた手錠を引きちぎった。さらに、鎖を破壊して立ち上がって、施錠された扉へ。
扉はセキュリティにより外側からロックされている。ミッシェルは足にエネルギーを集中させて蹴りを入れる。とんでもない音が響いて扉がへこむが、破壊するには至らない。それでもミッシェルは諦めずに蹴りを入れる。が、ここで警報が作動する。
「やっぱりこうかよ……」
と、ミッシェルは吐き捨てる。
経験上、警報が作動すれば幹部が動くことはミッシェルも知っていた。それでも彼女は外に出たかったのだ――
薬局を出たタケルとマリウスは2階の病棟に到着。ウォーターサーバーで水を入手し、タケルは薬を飲んだ。さらに、ナノース適合者用の貼り薬を首筋に貼る。
「すぐ効くわけじゃないだろうが、そのうち効いてくるはずだ。で、ここは被験者収容の病棟だな。誰が収容されているのかは知らないが……」
タケルとマリウスが病棟の廊下に出たときだ。再び警報が鳴った。しかもこのフロアを示すもの。
「警報か!」
「……! 僕が霊安室から出てきたから?」
タケルが焦りを見せる。が、マリウスは平静を保ち、警報の鳴り方からそれとなく理由を察した。
「違うぜ。被験者が暴れて病棟か病室が破壊されそうってことだろ。一体誰が暴れたのやら。とはいえ、選択肢は2つ。俺たちはこの件には無関係。だから一旦この件は置いといて別のフロアに行く。あるいは、介入して暴れた被験者を解放して俺達で反乱を起こす」
と、マリウスは言った。
「後者だろう。僕もマリウスもすでにアイン・ソフ・オウルと戦っているんだ」
すぐにタケルは答えた。
彼の中で、すでに『転生病棟』の職員と戦う覚悟は固まっていたようだ。
「俺もだ。そうと決まれば……ちょうど武装看護師が集まってきた頃というわけで」
マリウスがそう言うと、後ろを振り返る。
2階にはとどまらず、別のフロアからも集まってくる武装看護師。彼らは医療にかかわる立場ではあるが、さまざまな方法で戦闘力を持っている。錬金術を使う場合もあれば、マリウスと同じくイデアを使うことだってある。先進的なこの研究施設にはダンピールだっている。
「へへ……楽しくなってきたな、タケル!」
目を見開き、狂ったような笑みを浮かべるマリウス。そんな彼に対し、タケルは言う。
「楽しい? 戦闘なんて、僕は楽しめないけど……やるしかないんだろ?」
「やるしかないのはそうだが、価値観はそれぞれだ。俺とお前は違う人間。だから違っても仕方ないぜ。錬金術はそっちに流すぞ!」
と言って、マリウスはイデアを展開。怪獣を思わせる姿になった後、看護師たちの中に突っ込んでいく。武装看護師はといえば、職員だというのに突如牙を剥いたマリウスに戸惑い、対処が遅れる。その間に3名の看護師の首が飛び、体が引き裂かれ、背骨が折れた。
そんな中、武装看護師たちの後ろ側から声がした。
「慈悲はいらないよ。彼が裏切り者だということは自明。管轄は違うが、やることは一つ、そうだろう?」
優しい男の声。異なる指揮系統からの指示に一瞬だが混乱する武装看護師。だが。
「アイン・ソフ・オウルの指示だ! かかるぞ!」
その男――フィト・ソルの声を受けてひとりの武装看護師が声を上げた。ここから武装看護師たちの混乱は収まり、連携に多少の難はあるもののマリウスに応戦する。
武装看護師の様子が変わったところを見て、タケルは焦りを覚える。20人近くの武装看護師を相手に、マリウスは苦戦し始めている。さらにその後ろにはアイン・ソフ・オウルのひとりも控えている。タケルが動かなければどうにもならない――
「マリウス……僕はたかが錬金術学生で、ナノースを移植されても使い方がわからない……どうすれば」
そう呟いたとき、タケルの頭に痛みが走る。同時に思い出す、とある人物の顔、自身のナノースの謎。すべてわかったわけではないが、断片的にはわかる。
この警報はとある実験体が暴れたことによるもの。さらに、タケルの記憶にはこの実験体の事情が断片的に残っていた。
だからタケルは退くことを選ぶ。退いて、その先にある閉鎖病室を解放する。自身の持つカードキーで。
タケルは踵を返し、病棟の廊下の奥へと走る。マリウスを信じて、痛む体に鞭を打って――
廊下の奥にあるのは不自然な鉄の扉で封鎖された病室。その脇にはカードリーダーがあった。
タケルはパーシヴァルのカードキーをかざしロックを解除。その後、重い扉に全体重をかけて開け。
扉の向こう側には水色髪の女がいた。特徴的なのは首筋のバーコード。それだけでタケルは彼女――ミッシェル・ガルシアが被験者であることに気づく。
「……どういうことだ? あんた、ここの職員じゃねーだろ。見た感じ白衣の下、何も着てなさそうだし」
ミッシェルはタケルの姿を目にするなりそう言った。
素性のわからない相手を目にすれば誰だろうと警戒するはずだ。ミッシェルにとってのタケルもそうだ。
それでも、タケルは言った。
「ここから出よう」
そうしてタケルは手を差し伸べる。マリウスが協力すると申し出たときのように。
★登場人物★
ミッシェル・ガルシア
ROSE-Ω-1という番号を持つ実験体。元は戦闘用の改造人間だったが、暴れすぎて燃料用への適合手術を受けさせられた。
フィト・ソル
アイン・ソフ・オウルのひとり。穏やかな性格だが実は好戦的。ただし、戦いたい理由は独特だとか。車輪のナノースを持つ。