2 逃亡と襲撃
マリウスの話す計画はこうだ。
日が落ちれば地下に格納された車でセーフハウスを出る。その後、セーフハウスに設置した起爆装置を起動し、セーフハウスを爆破する。爆破すればマリウスたちはテンプルズ支部へ向かう。そこでロゼをテンプルズ支部に託す。
日が落ちた後、マリウスたちはセーフハウスの地下に降りた。
一見行き止まりに見える地下室だが、マリウスは壁の一角を押す。すると、壁はドアのように動き。その先には黒塗りの車の格納されたガレージがあったのだ。
「……なんだ、これは」
と、エステルは言う。
「これでセーフハウスを出るんだ。行き先はテンプルズ支部。俺のいる組織の支部だな」
マリウスは答えた。
3人は車に乗り込み、マリウスはガレージの扉を開ける。
ガレージの先にあるのは長く続く地下道だ。
「道が悪いからな。しっかりつかまってろよ」
マリウスは言う。
そうして、車を走らせて一行はセーフハウスを悟られることなく脱出し。地上に出たところでマリウスは車に取り付けられたセーフハウスの起爆装置を押した。
爆発するセーフハウスがバックミラーに映る。
通常、場所が割れるなどして意味をなさなくなったセーフハウスはこのようにして処分される。それでもマリウスは自らの手で爆破したことで、複雑な心境だった。それがにじみ出したかのような表情はバックミラーに映り、ロゼやエステルも目にすることとなる。
「マリウス……」
ロゼは呟いた。
「大丈夫だ。少しスピードを上げるぜ。もし何かあったら俺とエステルが注意を引く。ロゼは逃げろ」
マリウスはそう言って車のアクセルを踏んだ。
海沿いの道に出た。車窓からは物々しい雰囲気の病院が見える。転生病棟だろう。
そのまま海沿いの道を進む。数時間ほど進んだところでマリウスはハンドルを切る。その頃にはすでに東の空は白んでいた。
森の中を進み、あるところでマリウスは車を止めた。疲れたのかロゼはすやすやと眠っている。
「何かあったのか……?」
起きていたエステルは尋ねた。
「すまない、エステル。次の日没までここで潜伏できないか……? 思った以上に時間がかかってしまってな」
マリウスは答えた。
するとエステルは言う。
「いいだろう。必ず迎えに来てくれ」
エステルはそう言って車を降り、マリウスもロゼを抱きかかえてエステルに続く。
マリウスが案内したのは煉瓦造りの廃屋。いつ建てられたものかもわからないが光を多く中に取り込む造りではないことは確か。
「もちろんだ。迎えに来るし、それからタケルたちを探しに行こう」
と言ってマリウスはエステルに手を振る。
エステルと別れた後、マリウスは再び車を走らせてテンプルズ支部へ向かう。
だが、その道のりは順風満帆とはいえなかった。
マリウスが異変に気づいたとき、車は横転していた。
フロントガラスからは、ひらりとなびく白衣が見える。だが、それ以上に優先すべきことがある。
「ロゼ! 大丈夫か!?」
マリウスは叫ぶ。
返事はない。
眠っているのか、気を失ったのか、あるいは――
次の瞬間、マリウスとロゼの乗っていた車は二つに切り裂かれた。
それは重く鋭い金属。車が切り裂かれたことで、マリウスとロゼは車外に投げ出された。
「やれやれ。ヴァンサンが完遂できなかったからといって、君たちまで逃げおおせるわけがないんだよ」
マリウスにとって聞き覚えのある男の声。すぐにマリウスはぴんと来た。
「木暁東……! 病棟で動きがないと思ったら……!」
マリウスは地面に手をついたままそう言った。
木暁東。
転生病棟幹部アイン・ソフ・オウルの一員である。マリウスが転生病棟の職員だった頃、積極的に表に出るようなことはなかった。だからマリウスも木がどのような人物であるかわからなかった。
「本当に有能な人間は悟られないよう行動するものさ。さて、やってしまえ。ここにいるのは私一人ではないのでね」
と、木は不敵な口調で言う。
彼の言うとおり、マリウスとロゼの周りを白い戦闘服の病棟職員あるいは錬金術師たちが取り囲む。
「はは……消しに来たってか。ロゼに手を出すのなら俺を倒してからにするんだな」
マリウスはそう言いながら自身を奮い立てる。
ロゼを守りながら単独で戦わざるをえないマリウスに、10人はゆうにこえる人数の木とその部下。
マリウスはイデアを展開。怪獣のような姿となった。
そんな姿を見た木はにい、と笑う。
2人を取り囲んだ職員たちはマリウスにだけ銃口を向けた。
「さて、マリウスくん。その『ROSE』はできれば返してもらいたい。とはいえ、君にその気がないのなら殺してもさほどダメージは大きくない。同じ遺伝子を持つ人間なんてこちらで確保しているからね」
職員たちの後ろで木は言った。
明け方、まだほの暗い中。ロゼは車の残骸から反対側に出ようとしていた。見つからないように。
だが。
ここで動いたのはムゥだ。
彼は一瞬にしてマリウスの背後へと回り込む。
からの、重い金棒での一撃。
「ぐっ……!?」
よろめくマリウス。
周囲の職員は発砲しない。
だが、ムゥは攻撃の手を止めず。
「困るんだよね。下っ端の職員の分際で」
その言葉を聞いた直後だ。
マリウスは後頭部に強い衝撃を感じ。意識は暗転した。




