23 弔いながら
魂の転移装置からタケルが出てきたとき、ミッシェルは何が起きていたのかわからなかった。
ひとまず、研究室内にあった白衣を渡され、タケルは白衣に身を包む。
「で、グリフィンがどうなったって?」
ミッシェルは尋ねた。
「見ればわかるよ。魂の転移は、移す魂の肉体を殺すんだ。たとえばグリフィンの魂を僕に転移するのなら、グリフィンの肉体は死ぬ」
「は……?」
ミッシェルは聞き返した。
彼女はよく理解できていなかったが、タケルはミッシェルを連れて魂の転移装置の前へ。
左側の水槽の中は赤い液体で満たされている。液体の中に浮いているのはグリフィン。その顔は安らかだったが、その体に動きは一切ない。
彼の生命活動を表示するモニターには、平坦な心電図と脈拍0、血圧0、下がる体温が表示されるばかり。グリフィンの死を示していることは明白だ。
「おいおい……よりによってグリフィンが? まさかお前……」
「魂の転移を提案したのはグリフィンだし、グリフィンは僕の意識がない間にやったんだ。多分、グリフィンはここで死ぬつもりだったんだと思う」
タケルは言った。
「はー……よくわからねえヤツだと思ったら、タケルに魂を託して死ぬ、だ? 本当にかっこつけてるよな? な?」
と、ミッシェル。
彼女の目にはじんわりと涙が滲んでいた。
「そうだね……僕とグリフィンは同じ魂を持っているって言って、勝手に死ぬんだ。僕が死んだら何か言わないとな……」
タケルも言う。
言葉が途切れてしばしの沈黙が流れ。その間にタケルの目からはどっと涙が溢れ出ていた。涙が出てくると、タケルはしゃくりあげ。
「グリフィン……こんなことになるなんて。僕は……」
「タケル?」
ミッシェルは聞き返す。
「うわああああーっ! グリフィンーッ!」
慟哭。
その声は天井の高い研究室に響き渡った。当然、彼の声はパーシヴァルの耳にも届く。パーシヴァルも何があったのか察した。
「そうか、グリフィンは……」
パーシヴァルは呟いた。
が、その目で確かめようとパーシヴァルも魂の転移装置の方へ。魂の転移装置の水槽を見てみれば、赤い液体――もとは黒い液体だったもの――にグリフィンが浮いていることがわかる。それだけでパーシヴァルはグリフィンの死を確信したのだ。
パーシヴァルの知る魂の転移装置は、魂の提供者が死ぬと黒色の緩衝液が赤く変色する。転生病棟の幹部だったパーシヴァルはそのことを知っていた。
「おい、見たかパーシヴァル。グリフィンのヤツ、馬鹿なことするよな」
パーシヴァルが近寄ると、ミッシェルはすかさず言った。
「本当にそうだな。キイラの相手を俺ひとりに押しつけたことはともかく、死んでしまうなんて。いや、グリフィンはタケルを生かしたかったのか……?」
と言って、パーシヴァルはタケルを見た。
タケルの服は跡形もなくなり、かわりに白衣だけを着ていた。それだけでなく、タケルの目の色がこれまでと変わっていた。右目こそこれまでと同じだが、左目の色は緑色に変わっていた。まるでグリフィンの目を移植したかのように。
見ればわかる。タケルとグリフィンは文字通り一つになった。
「そう……なのかもしれない。いや、グリフィンもそのつもりだった。未来の記憶と、僕の矛盾する記憶の正体を託して……」
途中で言葉を切り、タケルはその場に泣き崩れた。それだけグリフィンの死がタケルには重くのしかかったのだ。
「ひとまずここを出よう。この施設は森の中にあるが、近くに町があったはずだ」
パーシヴァルは言った。
「それなら、グリフィンも連れだそうぜ。元々タケルと同じだったとはいえ、タケルにとっては兄弟みたいなもんだろ。ちゃんと葬らねえと」
と、ミッシェル。
彼女は魂の転移装置の制御装置を操作し、液体を排出したのちグリフィンを外に出した。
ミッシェルはグリフィンの亡骸を背負い。
「行くぜ。一応、ここは敵地だろ?」
と言った。
タケル、ミッシェル、パーシヴァルの3人は再教育施設の廊下を進む。廊下は相変わらず無機質だが、ところどころに職員の亡骸が転がっていた。それらもまた、戦いの証。
やがて、タケルたちは出口にたどり着く。ミュラーやキイラを倒す前に迷ったのが嘘のようにすんなりと外へ出ることができたのだ。
ここからは森の外、最寄りの町へと向かうだけだ。パーシヴァルが先頭を歩き、森の外へ。
「よく知ってんな、近くの町のこと」
歩きながらミッシェルは言った。
「この後死ぬほど出入りすることになったからな」
「この後?」
ミッシェルは聞き返す。どうにもパーシヴァルの言い回しに引っかかるところがあったのだ。
「信じられないだろうが、俺は未来から来た。経緯は事故みたいなものだ。俺の知っている未来は、今の大総統がレムリア帝国を建国して、Ω計画は頓挫する。俺はΩ計画の異物を探しにここに出入りしていたんだ。近くの町を拠点にな」
パーシヴァルは歩きながら語る。
「信じられねえな。ま、話半分で聞いておくぜ」
と、ミッシェル。
彼女とは対照的なのはタケル。彼は研究室を出て初めて口を開いた。
「僕も未来から来た……じゃないな。未来を見た。でも、パーシヴァルが知っている未来じゃない。Ω計画が完遂される未来と、今の状況のまま時が過ぎた未来だ。どうにかしないと……」
タケルの言葉もにわかに信じられることではなかった。
それでも、ミッシェルは全面的に否定しなかったし、パーシヴァルもある程度は信じていた。
「未来が分岐するってわけか。俺はこれからΩ計画の主要施設を潰して大総統の関係者を殺しに行く。あんたたちはどうする?」
パーシヴァルは尋ねた。
「僕は……ひとまずマリウスと合流する。ちょうどさらわれる前にどうするか話していたところなんだ」
「あたしもそうするかな。どうせ行くところなんてないんでね」
タケルとミッシェルは答えた。
やがて一行は町にたどり着き、パーシヴァルと別れた。




