21 君が僕で僕が君で
N2028年7月27日。
タケルは用済みとして粛正された。不思議と痛みはなかったし、一瞬で終わるような感覚だった。
撃たれた後、タケルの意識は暗黒空間に引きずり込まれていった。
「そっちの僕が見た世界はそうなっていたのか。まさにディストピアができるってわけか」
暗黒空間の中、タケルの耳にはよく知っている声が届いた。
グリフィンだった。
検査着を着た彼はタケルの目の前で穏やかな表情を浮かべていた。
「グリフィン!?」
「あー……愛称はそうだね。本名は君と同じナロンチャイ・ジャイデッド。違うね、僕は君だ。アイン・ソフ・オウルを半壊させて、ある人物が台頭した世界。そっちもひどいものだよ……」
と、グリフィンは言った。
「グリフィンも未来を知っているのか……!?」
「うん。転生病棟で生き延びた君でもあるからね。きっと、最悪な未来を回避するためには僕の記憶も鍵になるだろう。僕の記憶、君に託してもいいかな?」
グリフィンは優しい声でタケルに言った。
「そんな……僕はずっと君と一緒に――」
「大丈夫。僕は君と一緒にいるから」
タケルの言葉を遮り、グリフィンが言う。すると、グリフィンの体はまばゆい光で包まれ――その光はタケルの中に入り込む。
そうしてタケルの視界は再び暗転した。
暗転した視界に光が戻る。感覚が戻る。
全身を包み込んでいるのはどろりとした液体。
身体は動くし、目も開く。
うっすらと開いた目には液体がまとわりつくが、ふしぎと液体の先はよく見える。
ここは研究所。否、N2025年の転生病棟系列の再教育施設。
色はそのまま見えるわけではないが、キイラとパーシヴァルが戦っているのがよくわかる。
タケルはすべて思い出した。
未来でΩ計画に加担していた記憶も、カノンから処分された記憶も。
グリフィンから受け継いだ記憶だってある。彼の記憶、魂もまたタケルのものであることには変わりない。
「……そうだ。僕とグリフィンはふたりでひとりだったんだ。グリフィンは僕だから、地下牢から僕を助け出してくれたんだ。
矛盾する記憶も本物で、何度も繰り返した未来の記憶だったんだ。
グリフィンも……あの世界は本当に。
よくわかったよ、グリフィン。君の言っていた溶け合うってことが」
タケルの目にはじわりと涙がにじむ。だが、その涙は液体に吸われ、誰にもわからない。
タケルはもがくように体を動かした。
蘇ったばかりの体は思うように動かない。それでも、戦わなければならない敵がいる。この装置から出なくてはならない。
もどかしい。
タケルがどうにか装置から出ようとしているときだ。
パーシヴァルとキイラの戦いに動きがあった。キイラがパーシヴァルとは別方向からの攻撃を受け止めたのだ。
キイラは別に不思議にも思っていなかった。
装置が壊されたのであれば、とらわれていた人物が出てくることなど容易に想像できる。
「クソ……てめェ、あたしに何をした? ひっ捕まえたあげく、よくわからん機械に放り込みやがって」
青色の液体まみれのミッシェルは言った。
「むしろあなたに死なれたくないから中に入れてたんだよね。すべてが終わったら出してあげるつもりだったのに」
と、キイラ。
「はっ、そのときに出したところであたしにろくでもねえことするんだろうが。騙されねえよ」
「心外。さっきの、本心なんだけど。だから待ってて?」
と言って、キイラはパーシヴァルとの戦闘を再開した。
パーシヴァルに接近し、フェイントを織り交ぜつつ爆発を起こす。反物質をぶつける。ナノースを空気で伝播させてパーシヴァルの喉と肺を侵す。
パーシヴァルは咳き込み、吐血する。
そんな彼に畳みかけるように攻撃しようとするキイラ。だが。
「クソが! こっちを見ろ!」
キイラの背後から迫るミッシェル。
キイラの注意がミッシェルに向いたとき、ミッシェルはエネルギーを爆発させた。
高エネルギー生命体『ROSE』のエネルギーを正面から受け、青白い光と爆発に当てられたキイラは吹っ飛ばされる。そのままキイラは培養槽の制御装置に背中からぶつかった。
「元気だね、ミッシェル。元気そうでなにより。きっとふたりきりになればもっと……」
と言ってキイラは立ち上がる。
爆発の衝撃など、賢者の石をその身に宿すキイラにとってはないも同然だった。が、ミッシェルの攻撃は確かにキイラを昂らせてはいた。
キイラは笑みを浮かべつつ手の上に氷――固体となるほどに冷却された空気を作り出す。
「まあ、こうすればあなたを逃がさないことくらいはたやすい。ふふ……あなたは、もっと昂らせてくれるよね?」
そう言って、ミッシェルに向かって凍結した空気を放つ。
「あァ!?」
対するミッシェルは爆発を起こして対抗する。
空気を爆散させる。さらにもう一発。キイラ本人を肉片になるまで爆破しようとした。
キイラは一発は正面から爆発を受けた。彼女の体は半分ほど吹き飛ばされ、血や肉がタイルを汚す。
それでもキイラは戦意を喪失せず、倒れることもなく。彼女自身の錬金術と賢者の石の力によって肉体を再生させる。
「もう……つれないんだから」
キイラは言った。
どれだけの攻撃をしても再生する。それこそ、エステルが捕食してもその残りから完全に復活して今に至るほど。
突破口は未だ、わからなかった。




