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克法ロジックパラドックス -世界を変える簡単な方法-  作者: 墨崎游弥
一つになる未来【再教育施設編】
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19 魂の転移

 制御装置の青いボタンを押せば水槽の扉が開いた。グリフィンは急いで右側の水槽にタケルを入れ、扉を閉める。

 その後、グリフィン自身は左側の水槽に入り、水槽内にあるスイッチを押した。


 水槽の扉が閉まる。

 グリフィンの水槽には黒の、タケルの水槽には淡い緑色の液体が注がれ、満たされる。グリフィンの口から体内に液体が流れ込み、グリフィンは意識を手放した。


「物心ついた頃、僕はどこかの路地裏にいた。おぼろげな記憶だ。それから、何かがあって病院に連れてこられたんだ。その頃の僕は虚ろだったと思う。空っぽのまま育って、彼の記憶を受け継ぐまでは何も知らなかったんだ。


 彼とは、タケル。No.11になる男だと言われていた。そんな彼の記憶と魂の一部が僕に注がれて、僕はグリフィンになった。


 彼の記憶と魂をもらってから、僕は世界が広がったみたいだった。わからないこともわかるし、この目で見たかわからなくとも世界を知ったんだ。

 あるとき、僕は素朴な疑問を抱いた。この記憶の持ち主はどんな人物だろうかと。魂を移植されたのだから、そこからわかる情報も確かにある。だが、もともとの僕と混ざり合った魂は彼のものだとは言いがたい。

 だから僕は閉鎖病棟を抜け出して彼に会いに行った。


 彼、タケルは聡明な人物だった。精悍な顔にまっすぐな性格。夢に対しての姿勢。どこから見ても光のような人物だった。


 だが、僕はタケルに会いに行ったから病棟の地下に閉じ込められることとなったんだ。

 それからどれだけ経っただろうか。タケルが地下牢にやってきたときはチャンスだと思った。外に出てみて、助け出してみて。再び直接話したとき、タケルの記憶は酷く乱れていた。それでもタケルはタケルだったし、僕から見ればとてもまぶしかった。光こそがタケルの本質なんだ。


 ……思えば短い時間だった。できるならもう少し長くいたかったけど、元々汚れた存在だった僕がタケルのそばにいられるのもそう長くない。僕の魂がタケルのものとなるのなら、本望だよ」


 魂の転移装置内の黒い液体から色が抜けてゆく。それに伴って、制御装置の左側に表示されたバイタルモニターの数値が下がってゆく。血圧も、心拍数も、体温も。魂が抜けるのに伴うように低下していった。

 反対に、右側のバイタルモニターに表示された心電図は起伏を取り戻していた。心拍、血圧、体温は少しずつ上がってゆく。それに伴い、右側の水槽でタケルはぴくりと身体を震わせる。


 グリフィンからタケルへ。魂は移る。そうして、2人の魂はひとつに溶け合う。あるべき姿へと戻る――




 魂の転移が進む中、キイラとパーシヴァルの戦いは続いていた。

 反物質を放ち、時には至近距離からナノースを使うキイラ。防戦一方のパーシヴァル。このままではどちらが勝つのかもわかったようなものだった。


「残念だよね、No.11は死んでグリフィンとかいうそいつの片割れは裏切った。いい加減あきらめたら?」


 キイラは言った。


「それはできない……俺はまだロゼと再会できていないからな」


 と、パーシヴァルは答える。


「時代が違ってその概念が違っていても言う? あなたにそれを吹き込んだムゥさん、嘘ついてるのに?」


「それは……」


 パーシヴァルは言葉をこぼす。


 本当は薄々気づいていた。ロゼの真実――『ROSE』を目にして気づいたこともある。だが、パーシヴァルはその事実から目を背けていた。

 パーシヴァルの知るロゼなど、今のこの世界にはいない。そんな幻想に縋るしかなかった。


「幹部殺しに加担したし担当のミュラーがいないけど、処遇はどうなるんだろうね?」


 幻想に縋ることしかできないパーシヴァルに、キイラは追い打ちをかける。


「それは……」


「1つだけ助かる道があるとするなら、私の実験体になること。そうすれば命だけは助けてあげる。働き次第では幹部に返り咲くこともできる。どうする?」


 と言って、キイラは悪魔のような笑みを浮かべる。


 キイラはパーシヴァルをゆうに上回る力を持っている。対するパーシヴァルは病棟幹部アイン・ソフ・オウルでは最も弱い。加えて協力者であったタケルもグリフィンも今はここにいない。

 戦力差は絶対的だった。


「命だけは助けてくれるのか……」


 パーシヴァルは呟いた。


「そう、命だけはね」


 答えるキイラ。

 彼女の言葉は命以外に失うものが多くあることを意味していた。

 たとえば自由。たとえば尊厳。たとえば地位。

 身一つでこの時代にやってきたパーシヴァルでも、2年間病棟幹部をしていれば失うものができるものだ。キイラはそれらを根こそぎ取り上げる腹づもりらしい。


「俺は……」


 肝心なところまでは口に出せない。決められてすらいない。

 この選択肢をとればどうなるか。天秤にかけられるものはもはや存在しないが、今のパーシヴァルは決断すらできない。


 そんなときだ。

 キイラは突如踵を返し、魂の転移装置へと向き直る。


「いけない。失念してたよ。あれを起動させてしまった以上……」


 キイラがそう言ったとき、彼女の背後からガラスの割れる音がした。さらに、液体の流れる音。これが意味することは――

 キイラはすぐさま振り返る。


 培養槽は割れた。

 青い液体がこぼれ、洪水のように押し寄せる。


「これは……!!!」


 キイラは考える間もなく淡い青の液体に近づき、触れて消し飛ばす。ひとまず液体がすべてを押し流すことはなくなったが――


「ミッシェル……」


 キイラは呟いた。

また会おう、グリフィン。

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