18 暗黒の未来の暗示
キイラのナノースは『Antibiotics』。あくまでも作用機序を操る擬似的な毒にとどまる。加えて、錬金術で対消滅するような物質を作る方法など存在しない。だというのに、キイラはそれをやってのけた。
キイラが作ったのは、反物質。物質にぶつけると対消滅させ、それ自体も消滅する、負の物質。なぜ彼女が反物質という代物を作ることができたのか――
「本当になりふり構わないね。ところで、僕に考えがある」
と、立ち上がりながらグリフィンが言った。
「考えって?」
「僕の魂を君に転移させる。きっと、君の記憶は完全じゃない。完全な記憶をもってすれば、君のナノースでどうにでもなるはずだ」
タケルが聞き返せば、グリフィンは言う。
「……さっきも言った。そんなことをすればグリフィンは死んでしまうじゃないか」
と、タケル。
「いや、最悪の未来を回避するためにはそうするしかない。僕を信じてくれ」
グリフィンは真剣な視線をタケルに向けた。
「信じてくれ、タケル。それは人を殺すことでも僕の命を使うことでもない。ただ、分かたれていたものがひとつに戻るだけなんだ」
グリフィンはそう続ける。
言うことは理解できても、タケルは首を縦に振ることができなかった。
その状況で、パーシヴァルとキイラも立ち上がる。
未知の能力を目の当たりにしても諦めてはいない。パーシヴァルはキイラとつかず離れずの距離を保つ。そのまま電撃を連続で放つ。
電撃はキイラを焦がす。が、キイラの肉体は錬金術師でもありえない速度で再生する。これが賢者の石の力だ。
「無力だね……! ナノース持ちでもこの程度ってわけなんだ!」
と言って、反物質をパーシヴァルにぶつけようとした。
そのときだ。キイラの背後にタケルが接近。術式の解析もままならない状態でナノースを使おうとした。
「せめてこれくらいは……!」
キイラに手を伸ばす。ナノースの演算を済ませ、キイラの術式から肉体を崩壊させようと試みた。
だが、タケルの視界に入る反物質。
黒く小さな粒。
先ほど引き起こされた恐るべき消滅。
消滅が引き起こしたエネルギーの爆散。
記憶の片隅にある似たような事象。
想起される死。
あれをくらえばひとたまりもない。
くらった後には死あるのみ。
タケルは危険を感じて思わずキイラから距離を取った。
「タケル!?」
と、パーシヴァル。
「……危険すぎる。もしこれがナノースなら僕が無力化できるだろう。でも、もし賢者の石でこんなことをしていたら……!?」
焦りを見せつつタケルは言った。
彼の声を聞いていたキイラの口角がぴくりと動いた。
「……その通りだよ。最後までわかんないくらい馬鹿じゃなくて安心した。あなたたちのことはどうでもいいんだけどね」
キイラは言う。
彼女に慈悲などない。興味のない存在に対し、キイラという女はあまりにも無慈悲だった。
今度は、キイラはパーシヴァルを狙う。パーシヴァルに反物質をぶつけようとする。が、反物質は特殊な電撃を受けて消される。
その隙を狙うタケル。
ここまでは先ほどと同じ。だが、今度はグリフィンが追撃する。蹴りを放ち、キイラの隙を作ろうとした。
「めんどくさいなあ。これじゃ、こうするしかないじゃない!」
と言い、キイラはタケルの首筋に触れた。
キイラのナノースが発動する。それは心臓毒のように作用し、すみやかにタケルの体内に回る。そうして、キイラのナノースはタケルの心臓を止めた。
「タケル!」
と、パーシヴァルは叫ぶがキイラがタケルとの間に割って入る。
「行かせないよ。そもそも、行ってどうすんのかな?」
キイラは不敵な笑みを浮かべて言った。
攻撃を受けたタケルはぴくりとも動かない。胸部も上下しておらず、息をしていないことがわかる。
「そんな……タケル! 僕より先に! あの装置に入っていれば……!」
グリフィンは動揺しながら言った。
2人にとってあまりにも突然のことだった。錬金術師に対して有効な手段を持っているタケルが、錬金術師であるキイラにやられるとは思ってもみなかったのだ。
そんな状況で、グリフィンの脳裏にあることがよぎる。
グリフィンの記憶が正しければ、研究室にあるあの装置は魂の転移と死者蘇生の両方ができる。
やらない手などない。
「グリフィン……!?」
「構わないでくれ。すぐに戻る」
グリフィンはパーシヴァルに言うと、キイラが離れた瞬間を狙う。離れた瞬間に、タケルに駆け寄り、離脱。
「おい、グリフィン! 一体何を――」
パーシヴァルがそう言う中。キイラは反物質を作り出して2人に迫る。パーシヴァルは電撃を放って防いだ。
「感謝するよ、パーシヴァル」
グリフィンはそのまま、魂の転移装置へと走って行った。息のないタケルとともに。
「グリフィンは逃げるのか……」
研究室の様子――タケルの絶命はバーコードで管理している者たちに伝わっていた。
転生病棟の職員控え室にいたヴァンサンはそれにいち早く気づく。管理用の端末にはタケルの死を伝える通知が届いていたのだ。
ヴァンサンはそれを見るなりテーブルに左手の拳を振り下ろす。控え室に響く音。
「誰だ……タケルを殺したのは」
ヴァンサンはそうつぶやき、端末を操作する。
端末から見られるのはアイン・ソフ・オウルを含めた被検体たちの様子。監視カメラのアイコンを選択し、その前後の状況を確認する。
監視カメラが捉えていたのは、キイラとタケルの戦闘。戦闘はキイラの有利に進み、しまいにはキイラがタケルを殺した。
「君はやってはいけないことをした」
ヴァンサンはその顔に怒りを滲ませていた。




