5 病棟1階
地下1階から地上のフロアに上がるためにはエレベーターと階段の2つの手段がある。だが、新入りだったマリウスはエレベーターのルートを知らされておらず、2人は階段で地上へと上がることとなる。
その前にマリウスは階段裏へタケルを案内する。
「確認できるものは確認しておこうと思うんだよ。パーシヴァルから色々盗ってきたろ?」
と言いながら、マリウスはタケルの前でパーシヴァルのノートを開く。
そこに書いてあったのはナノースについてのこと、この病棟で起きたこと、そのことについてパーシヴァルが考えたこと、など。
ページをめくっていると、マリウスにとって気になる文言があった。
「……タケル。お前の手って『11』ってあったろ。もう一度見てもいいか?」
マリウスはたずねた。
タケルはマリウスに手を差し出す。そこには『11』と刻まれている。
ノートのページとタケルと照らし合わせると、そこから導き出されることがあった。
「お前、やっぱりナノースを移植されているらしいな。詳細はわからないが、それで狙われてたんだろ」
マリウスは言った。
「ナノース……? 僕はそんなものを知らないし、たとえ移植されていたとしてどうするのかもわからない。マリウスは、知ってる?」
「少し、な。俺がわかる範囲では、錬金術の術式を拡張したようなものらしい。詳細は知らないが、ここでナノースを移植する実験をしていることはわかっている。資料を見ればまあわかるだろう」
と言って、マリウスはノートを閉じた。
さらにマリウスは続ける。
「さて、行くか。検査室でも言った通り、俺は検査技師でお前は被験者。看護師がいないしナノースを移植されているから、素手で制圧できる俺がお前に同行する。そういうことにしておく」
2人はこれから病棟を脱出し、できるだけ多くの被験者を解放し、ナノースやその他病棟での実験の秘密を持ち出す。
タケルとマリウスは階段を上り、1階へ。
『転生病棟』1階。
このフロアは唯一前室のあるフロアで、被験者は全員そこを通って病棟に連れていかれることになっている。さらに、厨房や地下とは異なる設備の検査室までも供えられている。1階のフロアでは看護師などの職員が忙しそうに行き来している。
タケルもこのフロアを通って『転生病棟』に入ったわけだが、その記憶はない。つまり初見。
前室の前には見張りを兼任する受付の女がいた。彼女がいる限り強行突破して病棟の外に出ることはできないし、そのことは階段を上る前にマリウスが話していた。
目指すのは1階の正面ではなく、職員用の裏口。
歩いていると、タケルを頭痛が襲った。
タケルはその痛みに頭を押さえる。
「大丈夫か?」
マリウスは小声で尋ねた。
「蘇生した後遺症じゃないかな。体が重いのは今に始まったことじゃないし」
タケルは答えた。
彼が万全な状態ではないことは、火を見るよりも明らかだ。どうにか手を打たなくてはならないと考えていたマリウスだが、ふと薬局の存在を思い出す。
「そうか。ナノース持ちなら専用の処方箋が薬局にあるだろ? 行ってみないか」
マリウスは言う。
「行くよ。僕だって知りたいことが色々とあるから」
タケルは答えた。
この流れから2人は薬局へと歩いてゆく。
薬局のドアを開けて中に入るのだが、そこではいつも通り薬剤師たちが忙しそうに働いていた。彼らの扱う薬は通常の医療で使うものもあれば、被験者のためにつくられた特殊なものもある。当然、アイン・ソフ・オウルのようなナノース持ちの者に向けた薬剤も。
タケルとマリウスが薬局に入って来て少しして、薬剤師のひとりがマリウスに近づいてきた。
「クロルくん、どうしたんだい。死んだはずの被検体を連れて」
薬剤師の男はそう言った。彼は八尋圭吾。薬剤部門に配属された職員で、改造人間。つまりかつてこの病棟で人体実験を受けた者である。
「生き返ったんだよ。あまりにイレギュラーな事態だ。幹部からこいつのことは一任されてんだ、蘇生者用の薬剤を回してくれれば構わない。あるんだろ、被験者の薬剤リスト」
マリウスは改造人間である圭吾にもひるまず、そう言った。すると圭吾は一瞬殺気を漏らすが。
「そいつに限っては貴重な被検体だ。カルテの処分はしていないし、薬も在庫がある。しくじんなよ?」
圭吾は踵を返し、ナノースの被検体用の薬剤のところまで行き。No.11とある薬の箱からいくつかの薬を取り出して戻ってくる。その後、タケルの様子をまじまじと見た後、マリウスに薬を手渡した。
「おら、ちゃんと薬は服用させろよ。それと、全裸に白衣はさすがにどうかと思うぞ」
薬を手渡した後、圭吾は言った。
そう。タケルはまだ白衣しか着ていなかった。地下の検査室には検査着もなかったのだ。
「ありがとう……ございます」
と、タケルは言う。
そうして2人は薬局を出る。
タケルとマリウスが薬局を出たタイミングで、圭吾は薬局の電話を手に取り。カードキーでセキュリティを解除してとある人物にかけた。
「ソルさんか。例の実験体、クロルとかいう検査技師と一緒に薬局に来たぞ。どこに行くかどうかは知らないが、対処を頼む。薬袋の中に目印を仕込んだからさ」
と、圭吾は言う。
『よーし、よーし。よくやってくれたぞ、ケイゴ。ナノース持ちならば君が対処できない可能性もある。ここは俺が動くから安心してくれ』
受話器からは爽やかな男の声が流れてきていた。
彼はフィト・ソル。薬剤師八尋圭吾の上司にして、アイン・ソフ・オウルのメンバー。当然彼もナノースを持っていた。