15 ひとりで何人
ミュラーと互角に渡り合おうとするパーシヴァル。電撃の折から解放されたグリフィン。そして、2人に守られつつも術式の解析を進めるタケル。
「焦らなくて良いんだ、タケル。僕たちで持ちこたえる」
と言って、グリフィンはパーシヴァルとともにミュラーを迎え撃つ。水蒸気はすべて水となり、大した打撃にはならなかった。
その様子を見てもミュラーは表情を一切変えることはない。外して手に持ったままの眼鏡からレーザーを放ち、さらに再び水蒸気で自身を包み込む。
「まいったね。ミュラー1人じゃなくて他の幹部も相手しているようだ」
攻撃を受け流しつつグリフィンは言った。
「間違いないな。だがハリスと蘭丸の能力なだけましか。もし――」
そう言った瞬間。霧――水蒸気の中から紅い刃がいくつも飛んでくる。それはチャクラムのような飛び道具で。
パーシヴァル、ハリス、蘭丸以外の能力を使ってくるとはつゆ知らず、グリフィンはその攻撃を正面から受けた。
「グリフィン!」
パーシヴァルは声を上げる。
グリフィンは痛みで顔をしかめる。攻撃を受けたのは肩。あと少しずれていれば首を斬られていただろう。
「大丈夫だ……! それより、持ちこたえるんだろう!?」
グリフィンは言った。
首筋のほど近い場所からは赤黒い血が流れている。明らかに消耗していた。
「無理はするな」
と、パーシヴァル。
彼だってグリフィンにばかり戦わせて、自身は見ているというわけではない。地面から通電させ、ミュラーのいるであろう場所に対して範囲攻撃を仕掛ける。
電撃の一部がミュラーをとらえた。足下から電撃を受け、ミュラーは攻撃の手を止める。電撃の檻に閉じ込められたときと同じく、ミュラーの全身は電撃で硬直していた。
「くっ……」
思うように動けないミュラー。視線だけはしっかりとパーシヴァルたちの方を向いていた。
今、遠距離から攻撃できればミュラーに打撃を与えられるだろう。
それでもタケルはパーシヴァルたちの後ろから術式を解析するしかなかった。
「今がチャンスなのに……ノイズが多すぎてどれがミュラー先生なのかわからない。何なんだ……まるで人がミュラー先生の中に何人もいるみたいじゃないか」
タケルは呟いた。
彼の言うとおり、ミュラーの術式とナノースは複雑の一言で済ませられるものではなかった。とにかく1人分の術式を超越し、何人もの術式あるいはナノースが絡み合ったような。例えるならば、いくつもの要因が絡み合い、歴史が動く現実世界のように。
それは歴史を学ぶことを趣味とするミュラーを表しているかのようだった。
解析に苦戦する中でも戦いは続く。
ミュラーは強引に、背中から床に倒れ。床に触れたそのときに術式を発動、さらにはパーシヴァルの攻撃から抜け出した。
発動した術式はミュラー本人に作用するものだった。
複製し、床に貼り付けしていた術式はミュラーが触れた瞬間に発動する。錬金術の術式はミュラーの肉体を一時的に作り替える。人間から、擬似的な吸血鬼へ。肉体が作り替えられる時間は5分間。研究室の照明が彼の皮膚を焼き、灰にするまでの短いようで長い時間。
ミュラーは今、5分間だけ吸血鬼になった。
立ち上がるミュラー。
彼の瞳からは色が抜け、血のように赤く染まる。その姿を見たパーシヴァルは目を疑った。
「どうしてお前が吸血鬼に!? まさか最初から……!?」
パーシヴァルは言った。
「違うよ。永続的に吸血鬼になるためにはアレが必要じゃないか。私はただ、アレの術式をこの研究室に仕込んでいたにすぎない」
と、ミュラーは言った。
「ありえない……そんな事例、30年後にも見つからなかった! 術式で無理に吸血鬼になるなんて!」
「先例を見るより今この時が重要だよ」
目と耳を疑うパーシヴァルに、ミュラーは言った。
それでも信じられなかった。だが、その赤い瞳と照明にわずかに焼かれつつある肌を見れば、ミュラーが吸血鬼となったことは嫌でもわかる。
だが、その姿を見て勝機と捉えた者がひとり。タケルだった。
術式の完全な解析は終わっていない。だが、ミュラーのこの姿ならば、道中でアベルに対して使った方法と同じことができるのではないか。
だからタケルは立ち上がった。そうして一歩を踏み出してミュラーへと迫る。
「タケル!?」
「終わったのか!?」
視界の端でタケルの姿をとらえたグリフィンとパーシヴァル。2人はほぼ同時に声を漏らす。
タケルは2人の間を抜けてミュラーに肉薄。消防斧を振るった。
斧はミュラーの腕を落とし、切り落とされた腕は灰へと変わってゆく。やはりミュラーは吸血鬼か魔族と同質の存在と化した。タケルは確信していた。
「くっ!? これは!?」
ミュラーは声を漏らす。
「似たような相手と戦ったからね」
タケルは言った。
有効打にはなっていた。だが、ミュラーの身体能力は先ほどよりも格段に向上していた。タケルの追撃を受けぬよう、上に飛び上がってかわす。
からの、血の鎌。鮮血の鎌を両手で持ち、上からタケルへと斬りかかる。その間に水蒸気までも噴き出し、タケルたちから視界を奪った。
「それでも僕ほどではないだろう」
と言うと、ミュラーは死神のように血の鎌を振るった。
が、鎌は電撃の障壁に阻まれた。
感電する感覚を覚えた瞬間、ミュラーは血の鎌を消す。今度は飛び道具。血からガトリングガンを作り上げ、発砲。霧の中からの弾丸はあまりにも理不尽。タケルたちは正面から弾丸の雨を受けることとなる。
皮膚が削られる。
血の弾丸が身体を貫通する。頭を貫通する。
それでも3人は思い思いの方法でダメージをごまかした。
それだけではない。タケルはあえて血の弾丸を掻い潜りつつ、霧の中に突っ込んだ。




