12 オリジナルとクローン
「あんたを殺せば、全部元通りなんだよな!」
殺意を持って突っ込むタケル。たたき込まれる拳。ナロンチャイは特に表情を変えることなく拳を受け止めた。
だが、グリフィンは違う。
「違うよ、タケル! 世界はそう単純じゃないんだ!」
とグリフィンは言った。
「あんたに何がわかる! グリフィンもナロンチャイも僕のことを知ったように!」
タケルは明らかに取り乱していた。
これまでに多少は焦ることもあったタケルだが、ここまでの取り乱し方はしなかった。
「いいかい、タケル。君は世界というものをわかっていない。試験管の試薬を混ぜることとは違うんだ」
グリフィンはタケルをたしなめる。
すると、今度はナロンチャイがタケルの拳を受け止めたまま言った。
「いや、わかっていないのはグリフィンだね。とにかく、ここから先。扉の奥ですべてはわかるさ。僕を殺すべきかどうかもね」
「あんたを殺すべきかどうか……? どういう……」
と、タケルが言いかけたとき。
ナロンチャイはタケルの足を払い、扉の認証装置に光彩を読ませ。さらに扉の横のカードリーダーにカードキーをかざすとパスワードを入力。重厚な研究室の扉は開いた。
「さて、ここにすべてがある。僕たちは誘導されていたんだ」
扉の向こうの研究室には様々な装置や薬品が置かれていた。
まず目を引いたのは、パイプでつながれ、中に赤毛の少女が浮いている水槽だった。タケルとグリフィン、パーシヴァルはその少女に見覚えがあった。
「ロゼかい。あるとしたらローズ・プラントのようなものだと思っていたが、何か事情でもあるようだね」
と、グリフィン。
口調こそ冷静だが、拳を握りしめている。
「まさか知っているとは。いや、その発音は違うね。僕たちの中では『ROSE』だよ。そいつは非常用の個体。発電プラントとはエネルギー系統を分けている……全く、君たちはわざわざ僕に説明させる。パーシヴァルくらいは知っていると思ったけどね」
ナロンチャイは罪悪感を見せることなくそう言った。
やはり姿は同じでもタケルとは違う。そのタケルは終始怒りをこらえたような顔を見せていたくらいだ。
「悪いな、大切なことすら知らされない下っ端で」
パーシヴァルは吐き捨てるような口調で言った。
「別に馬鹿にする気はないんだけどね。で、クローンかオリジナルかわからない僕。何か気になるものでも?」
と言って、ナロンチャイはタケルを見る。
「あるよ。あの水槽に閉じ込められた女性は誰だ。彼女に見覚えがある」
タケルは言った。
彼の言うあの水槽とは、淡い青色の液体で満たされた水槽だ。水槽の中には人影があり、目をこらせば中にいるのが青い髪の女だとわかる。しかも、特徴的なそりこみに首筋に刻まれたバーコードまで――
「青い髪の『ROSE』だね。カルテには確か、ミッシェル・ガルシアと書いてあった。あまりに反抗するからこうやって眠らせておいた。しかるべき――」
「ふざけるなよ。あんたたちはどれだけ人の尊厳を貶めるんだ!」
ナロンチャイが説明すれば、タケルは声を荒げ、つかつかと距離を詰め。
「あんたがやったのか……! よくもそんなことができるな!」
と言って、術式の演算に入る。
タケルから敵意と殺意は消えておらず、とらわれのミッシェルの姿を見たことでより喚起され。
至近距離で空気に対して錬金術を発動させる。からの、今度は錬金術で火花を起こし。
ごく狭い範囲での大爆発。
タケルは直前に距離を取って爆発を逃れた。
一方のナロンチャイは爆発をその場で受けて吹っ飛ばされ。そのまま壁に背中から激突して咳き込んだ。
「グリフィン。その斧を貸してくれ」
ナロンチャイの様子を見つつ、タケルは言った。
「……本当に殺すつもりなのかい?」
と、グリフィンは確認する。
「ああ。僕ひとりでも人生を奪ったし、なによりミッシェルのこともあるんだ。殺すしかない」
グリフィンの問いにタケルは答えた。
タケルの顔はすでに覚悟が決まっているかのようだった。もはや彼を止めることができる者はいないのかもしれない。
グリフィンは良い顔をしなかったが、それでもタケルに消防斧を手渡した。
「君の考えは尊重するよ。君がタケルだからね」
消防斧を手渡すとき、グリフィンはそう言った。
「ありがとう、グリフィン」
と言ってタケルは消防斧を受け取り、再びナロンチャイの方に向き直った。
背中を打ったナロンチャイだったが、ほどなくして立ち上がり。
「やれやれ、君の殺意は理解したよ。それから、君が過去ばかりにとらわれる人間だってことも」
ナロンチャイはそう言った。
直後、ナロンチャイはタケルに突っ込み。
「それから、僕も君と同じナノースを扱える。しかも、手術で死んだことがあるわけでもない。つまり君よりも適合率が高い、君の上位互換ってこと」
と言ってタケルの身体に触れた。
術式に打たれるナロンチャイのナノース『Vaccine』。タケルは全身に強い痛みを覚えてのけぞる。
するとナロンチャイはたたみかけるように距離を詰める。タケルは消防斧の刃をナロンチャイに向けた。
消防斧の刃は人工的な光を受けて妖しく輝いた。




