11 溶け合う運命、分かたれていた運命
前回までのお話ではナロンチャイ・ジャイデッドはタケルのことをさしましたが、今回以降は違います。今回からはタケルとナロンチャイ・ジャイデッドは別人です。
アベルを撃破した後、3人は真っ暗で地面が荒れた廊下を進む。こうなったのもすべてアベルとの戦いのせい。人ならざる種族はあまりにも強力で、この3人で戦わなければ今頃捕食されていただろう。
廊下の突き当たり。そこには扉があった。
扉に鍵はかかっておらず、パーシヴァルは気にすることなく扉を開ける。
その先にもまた廊下。だが、区画ごとに電気系統が分かれているのか、扉の先の廊下は電気が通っていた。
照明がすべて生きている中で、タケルは久々に同行する2人の表情を目の当たりにした。
パーシヴァルの表情は、初めて彼と出会ったときと比べたら明らかに明るく、緊張感はあるものの柔らかくもなっていた。彼もやるべきこと、本心からやりたいことに気づいたのかもしれない。
グリフィンの表情も、病棟やセーフハウスにいた頃とはまた違っていた。だが、表情が明るくなったわけではない。
どちらかといえば、グリフィンは何かの終わりを見据えているようでもあった。例えるならば、余命宣告を受入れた末期がんの患者に近いか。
「グリフィン?」
タケルはグリフィンに尋ねてみた。
「どうしたんだい? 僕は大丈夫。この通り無傷だよ。タケルもいるから心強いしね」
と、グリフィンは答えた。
だが、タケルが知りたいのはそのことではない。
「グリフィン。僕に隠し事してるだろう」
タケルはグリフィンに言った。
すると、グリフィンはばつの悪い顔を見せ、頭をかきながら言う。
「あー……なんて言ったらいいんだろう」
どこか煮え切らない様子だった。
歩きながらしばらくその様子を見せていたが、観念したようで。
「なんだろう、僕たちはいずれ一つに溶け合う、かな」
グリフィンは抽象的で理解しづらい言葉を選んだ。
だからだろうか。タケルはその意味を理解できていなかった。当然、これから起きることも。
「いずれ。すぐに何かあるってわけじゃないんだよな」
と、タケル。
理解できない中でもどうにか彼自身を納得させていた。
おそらくグリフィンの言葉の意味を理解するときは来る。今はまだ早いだけなのだ。
タケルたちは廊下を歩き続ける。
だが、タケルが記憶を頼りにしても施設のつくりはそれを裏切ってくる。脱出するつもりが、どんどん施設の奥へと進んでしまうのだ。
その結果、タケルたちは重厚な金属の扉の前に出た。
金属の扉の上にはカメラのようなもの、横にはカードリーダーとパスワードの入力装置があった。
扉の奥は研究室だ。それも、セキュリティに気を配らなくてはならないものの。
「さて、どうしたものかな。パーシヴァルは転生病棟側の人間だったけど、ここを開けられるかい?」
扉を前にしてグリフィンは言った。
「無理だな。カードリーダーに読み込ませるものがない。あったとしても、俺は幹部ではなく患者……いや、再教育の対象としてここに連れてこられた。扉を開けるなんてできるはずがない」
と、パーシヴァルは答える。
「やっぱりそうか。それなら、僕がこの扉を水にするしかないか」
と言って、グリフィンは扉に触れた。
そのときだった。
「警報が止まったと思ったらこれだ。患者のくせに何をしている?」
3人の耳に入ったのはタケルそっくりの声。
特に、グリフィンとタケルは困惑し、声の方向を向いた。
そこにいたのは、表情と服装の違うタケル。不敵な様子で3人を見つめる彼。どこからどう見てもタケルだった。それも、タケル本人が人生を失う前の、錬金術アカデミーに在学していた頃の彼自身。
「どうして……僕がもうひとりいるんだ。しかも再教育施設に」
タケルは言葉をこぼす。
「この界隈では不思議なことではないだろうに。そうだよ、僕はナロンチャイ・ジャイデッド。タケルではない」
そう答えた青年――ナロンチャイはかつかつと足音を立ててタケルたちに近づいてきた。
「いいことを教えてあげよう。僕と君、どちらかはクローンだ。ちなみに僕はどちらがクローンなのかわからない。当然君も。わかるのはクローンを造った先生だけど、彼はもうこの世にはいないからね。真実は墓の中さ」
と、軽い口調でナロンチャイは言う。
対するタケルは複雑な心境を抱えていた。今のナロンチャイはアカデミーに在籍していた頃のタケルの服装、姿をしている。まさか。
「そこはわからなくていいんだ。僕が知りたいのは、君が誰として何をしているか。僕は転生病棟に行く前は錬金術アカデミーで錬金術を学んでいた。君の今はどうなんだ?」
タケルは問い詰める。
すると、ナロンチャイは一切悪びれることなく答えた。
「ナロンチャイ・ジャイデッドとして錬金術アカデミーに通っているに決まっているじゃないか。人が急に消えてしまえば誰もが怪しむし、きっと君を探す者がいるだろうに」
ナロンチャイの返答は、確実にタケルの地雷を踏み抜いていた。
「ああ……そうか、僕の人生は君に奪われたのか。アカデミーの友人も、人間関係も。アカデミーで築いてきたものすべて、君がかっ攫っていった! 返せよ、全部! 全部取り戻すために病棟を出たのに、全部君のところにあるんだ!」
タケルの声は徐々に大きくなり。しまいにはグリフィンとパーシヴァルがひるむほどに声を荒げていた。
「それはできない。どうせ君は再教育を受けるんだから。そうなれば、アカデミーの学生よりも高い地位が約束される。悪く――」
ナロンチャイがそう言った瞬間。
言葉を遮るようにタケルはナロンチャイに突っ込んだ。
「あんたを殺せば、全部元通りなんだよな!」
【登場人物紹介】
もうひとりのナロンチャイ・ジャイデッド
タケルと同じ姿、同一の遺伝子、同一の術式とナノースを持つ青年。タケルとどちらがクローンかどうかは誰も知らないし本人も知らない。現在、ナロンチャイ・ジャイデッドとして社会的に過ごしているのは彼。




