10 "土"のアベルⅡ
ここで先陣を切ったのはパーシヴァルだった。
パーシヴァルは雷のバリアを張ったまま放電する。狙ったのは胸部。捕食するために開いた第2の口。
第2の口が閉じきらないうちにパーシヴァルが電撃をたたき込む。
「なん……だ!? これは!?」
と声を上げてのけぞるアベル。
効いている。
そう確信したパーシヴァルはたたみかけるように電撃を放ち続ける。
だが、アベルはすぐに第2の口を閉じた。
「効いているらしいな、そうやって口を閉じたってことは」
と、パーシヴァル。
「笑わせるな。光ではない攻撃など効いていないも同然!」
アベルはそう言うと、一気にパーシヴァルとの距離を縮める。どうやら遠距離攻撃から近接攻撃に切り替えるらしい。
アベルの拳は岩のように硬化した。いや、完全にアベルの皮膚は岩と化していた。これで攻撃されればひとたまりもないだろう――
殺意をあらわにしたアベルは、完全に注意をパーシヴァルに向けていた。
そこを背後から狙ったのがグリフィンだった。
どこからか持ち出していた消防斧を片手にアベルの背後から近づき。グリフィン自身のイデア――触れたものを水に変えるイデアを斧にまとわせ、斧を振り抜いた。アベルのうなじに向けて。
グリフィンの手に手応えは残った。確かにグリフィンはアベルの硬化した皮膚を水にすることで貫通し、肉体にまで刃を届かせることに成功した。
「届いたか」
グリフィンは小声で呟いた。
敵アベルはグリフィンの方を振り向かない。グリフィンに対しての攻撃もない。彼の注意はパーシヴァルに向いている――
グリフィンが安心したときだ。
蛍光グリーンの照明に照らされた、黒く――赤黒く濁った液体がフロアを濡らしていた。
視線を移してみれば、アベルの前にいたのは腹部を何かに貫かれたパーシヴァルではないか。
目をこらしてみれば、パーシヴァルの腹部を貫通していたのはアベルの拳、そこから分離した鍾乳石のような円錐形の塊。
「パーシヴァル!?」
グリフィンは叫ぶ。
すると、アベルは言った。
「この男はこの程度だったのだ。できるなら捕食してやりたいが、お前がいると安心できん。お前を殺してからだ」
アベルはグリフィンに対して明確に殺意を向けつつ、グリフィンの方へと向き直った。
「殺せると思っているのかい? 僕、君の皮膚を貫通できるんだけどなあ」
「だろうな。水使いか、だがエステルほどではない」
そう言うと、アベルは再び捕食する体勢に入る。胸元が縦に裂け、裂けた部分から牙のような肋骨が伸びる。それがグリフィンに達しようとすると、グリフィンはイデアをまとった斧ではじき、肋骨の牙を水に変える。
牙はグリフィンにまでは届かない。グリフィンはそうやって捕食を試みるアベルをいなしていた。
そして、タケル。
片腕を失うも、戦闘の様子をしっかりと観察していた。
「エステルと同じ魔族。錬金術が編み出されるきっかけになった種族だし……セーフハウスの本にも書いてあったな」
タケルは呟いた。
タケルがセーフハウスで読んだ本には、25年前の戦いやその際に討たれた魔族のことが書かれていた。
25年前、その人物は光を操って魔族を倒した。しかし、日光を克服した魔族も現れた。そんな魔族を討った手段が錬金術。つまり、魔族であるアベルにも錬金術は効く。
だからタケルはアベルの肉体のエネルギーや術式じみたものの解析を始めた。
グリフィンがアベルの攻撃をかわし、タケルがアベルのエネルギーを解析していた頃。パーシヴァルは自身の腹部から円錐形の岩の塊を引き抜いていた。
傷口からはどっと血液が流れ出るが、パーシヴァルは電撃で傷口を焼いて塞いだ。その瞬間にも痛みが走り、パーシヴァルは顔をしかめる。
止血できたのなら、次は再生だ。パーシヴァルは傷口を再生させて塞ぎ、腹部に空いていた穴も塞ぐ。
そうして、体力の消耗こそあるものの、再生できるものすべてを再生したパーシヴァルは立ち上がる。
「グリフィン。俺もいけるぞ」
パーシヴァルは言った。
「だめだよ、パーシヴァル! さっき死にそうなくらいの攻撃を受けたじゃないか!」
と、グリフィン。
「全部治療した。本調子とはいかないが、俺は大丈夫だ。どこも欠損していないからな」
パーシヴァルは答えた。
そうして、再び戦いへ。だが、パーシヴァルは戦い方を変えた。タケルの独り言を聞いてのことだ。
電撃を放つ。アベルの注意をパーシヴァル自身に向ける。肉体が触れようとすれば、アベルの身体を巡るエネルギーの回路を探る。なノースで電流を流しつつ。
だが、アベルもすぐに気づき。
「……何をした!?」
戸惑う口調でそう言った。
「別に、何も。俺たちが光を操らないからといってなめない方が良い」
と言って、パーシヴァルは電流を流す。アベルの身体の異常なエネルギーの流れを妨げるように。
「ぐあっ!?」
効いている。
パーシヴァルはさらに電流を流す。確かな手応えを感じていたのだ。
が、アベルは皮膚の硬化を解き、電撃を振り払った。かと思えば、地鳴り、地割れを起こし。
パーシヴァルの足下が隆起する。
パーシヴァルはとっさに飛び退き、電気と電磁波を展開して浮遊する。
「覚悟しろ、裏切者」
と言って、アベルはパーシヴァルに向けて巨大な岩の塊を撃とうとした。
そんなときだった。アベルの背後にもうひとりの錬金術師が近づいていたのは。
「これはさすがのあんたでも耐えられない」
と言って、タケルはアベルに触れ。
ナノースと錬金術を同時に発動させた。途中まではパーシヴァルがやったのと同じように演算した。その後、今度はナノースを発動させて注ぎ込んだエネルギーを打ち消す。注ぎ込まれたエネルギーはたちどころにアベルの肉体と同化するから。
つまり――特殊な錬金術の使い方をした後、アベルの肉体すべてに対してナノース『Vaccine』を使ったのだ。
「終わりだよ、魔族。君のような種族は錬金術も弱点だろう?」
タケルはアベルに語りかけた。
アベルは何も話さない。何も語ることなく、ナノースに侵食されて灰と化した。
こうすればアベルは、魔族は死ぬ。それが意味することは、同じ種族であるエステルに同じことをすれば、結果は同じ。エステルはこうすれば死ぬ。
暗闇で表情が読めないが、タケルは何かを理解してしまったような表情をしていた。
「……わかってるよ」
タケルは呟いた。
霊安室で目覚めてから、脱走と拉致を経て再教育施設に来るまで。タケルは死が近くにあることを実感していた。




