9 "土"のアベルⅠ
アベル。パーシヴァルにとっては聞いたことのない名だった。
「誰なんだ、そいつは」
「要するに病棟の地下にいたエステルと同じような敵かな。再生力はあるし力は強いけど、日光に弱い」
タケルは言った。
グリフィンは理解したようだったが、パーシヴァルは今ひとつ理解できていない様子。
そうしているうちに、近くの廊下の照明が一斉に消えた。かと思えば、地鳴り、地割れ。タケルたちはとっさにとびあがり、感覚を研ぎ澄ます。
「光が苦手だから照明を落としたってことかい……!」
グリフィンは言った。
周りは見えない。敵の姿も、味方の姿も。
だから、パーシヴァルは電撃を放つ。ほとばしる電撃は光を生じ、わずかな時間ではあるが周囲を照らす。
アベルだと言われた敵は、2メートルをゆうに越える大男だった。目の色は溶けかけた溶岩のような、黒みがかった赤。淡い色のコートを羽織ってはいるが、上半身は裸。転生病棟や再教育施設の職員とは一線を画す姿だった。
一見すると人間ではある。だが、何か違う。人間のようで、恐怖を駆り立てるような。
「これが魔族ってやつか……! 人間のようで人間じゃないな……」
パーシヴァルは言葉を漏らす。
直後、地面が大きく揺らぐ。それは大地の怒りを思わせる。
身構えるパーシヴァル。
だが、その攻撃――
大地の怒りの矛先はパーシヴァルではなくタケルに向いた。
「くっ!?」
声を漏らすタケル。
突如として放たれた岩石の塊を間一髪で躱したが、敵アベルの姿をとらえることはできていない。
相性が悪ければその姿を捉えることすらできない――
「照らせばいい! 俺のナノースならそれができる!」
パーシヴァルはそう言うと、ナノースを再び発動させる。放電し、周囲の照明の一部に通電させた。通電したのは床の照明。壁に通った線のような照明は、蛍光グリーンの光を発する。
タケルたちの視界にわずかな光が戻った。
「助かる!」
タケルは言う。
最もアベルに近い位置にいたタケルはナノースではなく、通常の錬金術の術式を発動した。魔族であるアベルの肉体を解析し、灰に変えることができれば決定打になるのではないか。
だから、タケルはアベルに突っ込んだ。突っ込んで、術式をいつも通り演算。そうしてアベルの肉体の一部――片腕から肩にかけて灰にした。
が、それと同時に――アベルも第2の口を開いた。胸元が開き、肋骨が伸び、歯のようにタケルに噛みついた。その直後、タケルの右腕を噛みちぎる。
「ああああああっ!?」
右腕の感覚が切り離されたタケル。その事実を認識した瞬間に悲鳴を上げる。アベルの攻撃から遅れて痛み、いや、傷口の痛みを超えた熱さが走る。それは耐えがたいもの。
タケルは右腕を食われたのだ。
「タケル!」
と、グリフィン。
だが、うっすらとアベルの姿をとらえられるようになったとはいえ、迂闊に攻撃することはできない。
「なんとかするから! グリフィンとパーシヴァルはやつの相手を!」
タケルはアベルから距離を取りつつそう言った。
そうしながらも、タケルは傷口の血管を塞ぐ。今ここで片腕を取り戻すことは諦めた。とにかく止血し、痛みを抑えなくてはならない。
タケルが一時的に戦線離脱すると、今度はパーシヴァルがアベルに接近。からの、電撃。
青白くスパークすると、パーシヴァルの放った電撃はわずかではあるがアベルの皮膚をえぐる。
「くう……この電撃、サロメを思い出す」
攻撃を受け、アベルは初めて言葉を発した。
そのとき、パーシヴァルは初めてアベルと目が合った。
アベルはパーシヴァルが思う以上に精悍な顔をしていた。が、それ以上に強さを感じさせた。
やはり、アベルという男は種族から強者であった。
それでもパーシヴァルはデン的をぶつける。タケルだけに頼るわけにはいかない。なにより、パーシヴァル自身もアイン・ソフ・オウルだ。
ほとばしる雷。からの、通電した照明が再び落ちるほどの放電。周囲を強烈な光が一瞬包み込んだ。
アベルもタケルもグリフィンも目がくらむが、パーシヴァルは別。パーシヴァルはさらにたたみかけるようにして電撃を放った。
電撃は確実にアベルの体を焼き、辺りには肉の焼け焦げる匂いが漂う。その中に混じってアベルの肉体だった灰も漂っていた。
「手応えはどうだい?」
と、グリフィンは尋ねた。
「なんともいえないな。普通の人間ならこれで死んでいるだろうが、相手は人間じゃないんだろう? 生きていても不思議ではないが」
パーシヴァルは言う。
結果として彼の読みは当たっていた。
地鳴り。
からの、地割れ。
からの、岩石の弾丸。
パーシヴァルはとっさに電気のバリアを張り、グリフィンは飛んできた岩石の弾丸をすべて水に変えた。
と思えば、今度はアベル本人が突っ込んできた。
瞬間、グリフィンは脳内に腕を捕食されるタケルや、人間を捕食したエステルの姿がちらついた。
だからグリフィンは避けた。
伸びてくる肋骨の牙。さらに放たれる岩石の塊に、地割れ、局所的な地殻変動。
「まずいね……相性がどうこうって以前に、僕たちじゃ力不足だ」
グリフィンはそう言った。
彼の言葉を聞いていたパーシヴァルも言う。
「それでも戦わなければどうにもならん。いくぞ」




