6 分断
恐怖から解放され、使命感を抱いたロゼは走り出す。伝えなくてはならない。エステルが重傷を負い、タケルたちは連れ去られた。今ここで動けるのはロゼだけなのだ。
ロゼはセーフハウスのドアを勢いよく開け、中へ。リビングにいなかったマリウスを探し、様々なドアを開ける。
キッチンにはいない。バスルームにも、寝室にも、書斎にも、倉庫にも。片っ端からドアを開けてマリウスを探していると、ロゼはセーフハウスの最奥部にたどり着いた。そうして、ロゼは勢いよくドアを開ける。
「おわっ!? ロゼか、どうした?」
何かを書いていたマリウスは言う。のんきな様子だが、彼はまだ何が起きたのか知らない。
「タケルが、グリフィンが、ミッシェルがね、連れて行かれちゃった。ミッシェルもケガしちゃったし、ロゼ何もできなかった……」
ロゼが言うとマリウスは血相を変えた。
「なんだって!? いや、ロゼは悪くない。よく伝えてくれたな。すぐ行く」
マリウスはそう言うと手帳を懐に仕舞い、歩き出し。
外に出たらすぐにエステルがマリウスの目にとまった。彼女の体の半分ほどが欠損し、傷口が少しずつ灰になっている。
マリウスはすぐさまエステルに駆け寄った。
「エステル! 俺だ、マリウスだ! 聞こえるか!?」
マリウスは言う。
「……ああ。少し休ませてくれ。大丈夫だ、必ず生き残る」
と、エステルは力ない声で答えた。
その直後、エステルは喀血するような勢いで青白い塊を吐き出した。それはほぐれ、糸のようになってエステルの肉体を包み込む。糸、いや繭は厚くなり、エステルの肉体は見えなくなった。
エステルの種族――魔族、あるいはマモニ族――は命にかかわる重傷を負うと、自身の身体を繭で覆う。その中で肉体を再生させるのだ。
マリウスは偶然、魔族の特性を知っていた。
だから彼は繭ごとエステルを抱きかかえ、セーフハウスへと運ぶ。
「状況は変わった、か。再生中の魔族と少女がいる状態で俺は身動きが取れそうにないな」
エステルをセーフハウスに避難させた後、マリウスは言った。
「どうするの?」
ロゼは尋ねた。
「なんとかする。スティーグならうまい落とし所を見つけてくれるはずだ。俺たちはひたすらこの場に潜伏するしかできねえ。あとは、助けを呼ぶくらいか」
と、マリウス。
このときのマリウスは、ぐっと拳を握りしめていた。悔しさの表れか、あるいは。その理由を知る者はマリウスしかいない。
次にタケルが目を覚ました場所は、白を基調とした病室のような部屋。タケルがいたベッドの隣にはベッドサイドテーブルと水栽培の花が置かれている。さらに視線を移してみれば本棚にモニター、キャビネット、手洗い場がある。見るからに、ある程度は快適な病室のよう。だが、病室と異なる点はひとつ。外に出る扉は閉ざされている。
タケル自身はといえば、目立った外傷はない。どころか、首を絞められた以外にされたこともない。
この状況は霊安室や地下牢を思い出させる。そのときもタケルの身体はまっさらな状態だった。身体に刻まれた【11】の数字と、印字されたバーコードを除いては。
「ここは……」
タケルは呟いた。
そのとき、彼の目にとまったメモ。メッセージカードだろう。タケルは思わず手に取った。
【タケルへ
手荒なことをしてすまないね。
どうしても君にここに来てほしかった。
もし不服だと思っても安心して。
カウンセリングだって受けられる。
いずれ君は僕の隣に立って戦うんだ。
どんなに最悪な未来になろうとも。
ヴァンサン】
カウンセリングとは何だ。いずれヴァンサンの隣で戦うとは。タケルには理解できなかった。
「わからない。どうしてヴァンサンは敵なのに僕に執着する?」
タケルは呟いた。
おそらく、転生病棟の関係者はタケルを殺すつもりはあまりないのだろう。タケルの受けた手術は成功率が低く、成功例は幹部となった。たとえ病棟に対して反抗的な態度を見せても再教育を受けて矯正されれば、だ。
きっとタケルも再教育されればアイン・ソフ・オウルの一員となるだろう。それでもヴァンサンが執着する理由が理解できなかった。再教育目的にしてはあまりにも粘着質なのだ。
考えているうちに、部屋の外から解錠された。
ドアが開き、眼鏡をかけた金髪の男が入ってくる。彼はミュラー。タケルの記憶では自身の担当であることになっている。
「ミュラー先生……ってことは、ここは転生病棟!?」
タケルは思わず言葉をこぼす。
すると、ミュラーはため息をついて言う。
「何を言っているのやら。君が今いるべきは転生病棟ではないよ。組織やΩ計画を崩壊させかねない君は再教育を受けなくてはならないからね」
やはり再教育。
何をされるのか、タケルは想像できなかった。いや、想像すらしたくなかった。フィトとの戦いで彼の語った言葉。それだけで再教育が恐ろしいものだと想像できる。
「そんな……」
「抵抗しなければさほど酷いものじゃないよ。抵抗しなければね」
ミュラーは淡々とした口調で言う。
このときのミュラーは感情を抑えている、否、感情を失ったかのように見えた。
「抵抗しなければ」
タケルはミュラーの言葉を繰り返す。が、ミュラーは何も言わない。ただ、タケルを連れだし、しかるべき場所に連れて行くだけだった。




