4 夜の浜辺で
「結論からいくと、僕はたぶん未来を知っている。転生病棟の院長の手で、世界は何度も繰り返している。それは彼から直接聞いたよ。僕の矛盾する記憶のことだけど、きっと繰り返す世界由来なんだ」
タケルは言った。
ありえないことだろう。タケルだって未だ信じられないでいた。が、矛盾する記憶が、繰り返す世界由来であることを否定する要素は今田に無い。タケルだって否定したいが、記憶はそれを許さない。あまりにも生々しいのだから。
「……マジかよ。いや、ありえねえだろ。世界がループしてるとか。そういうイデア能力ならまだしも、錬金術師程度がやれることかよ?」
案の定、ミッシェルが噛みつくような口調でそう言った。タケルの言うことはにわかに信じられることではないのだから。
だが、そこに助け船を出した者がひとり。
「やれるさ。いや、両立しうると言った方がいいかな。とにかく、世界をループさせる能力に覚えがある。君たちもいずれ知ることになる……」
グリフィンはそう言った。
謎の多い彼だが、その言動は病棟にいた頃から何か知っているようにも見える。
さらにグリフィンは続けた。
「かわって僕が話そうか。僕とタケルはね、未来から来たんだ。僕の知っているタケルはナノースに完全に適合して、11番目の病棟幹部になっていた。これは院長の望んだことだったのか、僕はもうわからない。ただ、こうして僕とタケルが君たちと一緒にいることは……いや、信じてと言う方がおかしいね。ただ、カノンたちを野放しにしてΩ計画を完遂させて良いことは一つもない。これだけは覚えておいて」
「Ω計画な……概要をちょいと読んだが、あれは俺の理解の上を行くようなもんだったぜ。仮にお前とタケルが未来から来たってなら、Ω計画は世界を変えちまうってことだろ?」
と、マリウス。
「そうだよ」
「間違いないね」
タケルとグリフィンはほぼ同時に言った。
「ま、これからどうするかはスティーグの連絡を待ってもいいんじゃねえか? 病棟の外にはちゃんと協力者がいるんだ。考えなしに潜入するような馬鹿じゃねえ」
そうしてマリウスは締めくくる。
彼はすぐにセーフハウスの室内に戻り、ある目的のために奥の部屋へ。
セーフハウスの奥の部屋にはガラスケースの中で厳重に保管された電話用の端末が置かれていた。
マリウスはガラスケースの装置に指紋を読み込ませ、起動した装置にパスワードを入力する。すると、ガラスケースは開き、端末も起動する。
マリウスは端末を操作して、とある人物に電話をかける。
「クロックワイズのスティーグか? テンプルズのマリウス・クロルだ」
『マリウス……! 無事だったのか! あの病棟に潜入すると言ったときはどうなることかと……』
端末の受話器から聞こえるのは野太い男の声。声の主はスティーグ・ハグストレーム、マリウスの協力者である。
その口調から、マリウスのことを心配していたことが見て取れる。それもそのはず、マリウスが潜入していた転生病棟は「生きて帰ってきた者はいない」と言われているほどの場所なのだ。
「ああ、無事だぜ。病棟から脱出して、今は第14セーフハウスだ。正直、俺もどうなることかと思ったよ。病棟からの逃亡を図ったとある医師が自死を選んだ時なんて特にな。あの時はもうだめかと思ったぜ」
と、マリウスは乾いた笑みとともに言葉をこぼす。
『お前がそう思うなら相当だな。で、そちらの状況は?』
電話口のスティーグは言う。
「俺以外に転生病棟の被験者たちが5人脱出に成功した。うち1人が魔族、1人が非戦闘員の少女だ。その点を踏まえて指示を頼む」
『そうか……正直予想外だ。こちらで態勢を整えてまた連絡する。敵襲がなければその場で待機、あれば最寄りの支部または出張所に助けを求めてくれ。セーフハウスとはいうが、場所が割れてしまえば安全とはいえないだろう』
スティーグが出した指示はこうだった。彼にとっても予想外だった中で最善だと判断したものがこれだ。今、下手に行動を起こすことができないということだろう。
「了解だ。こちらも最善をつくす」
マリウスはそう言って電話を切った。
一方、マリウスがスティーグに電話をかけていた頃。
タケルたちは相変わらず外にいた。外で星を見て、散歩しながら談笑し、安らぎのひとときを過ごしていた。このときばかりは、追手のことを考えるのをやめていた。
「星、か。昔の人はこれで星座を作って、旅の道しるべにしていたんだって」
星を見ながらグリフィンは言った。
「星はいいね。星座がどうのっていうのは僕も聞いたことがある」
グリフィンに続いてタケルは言う。
満天の星空はタケルたちを優しく包み込んでいるようだった。
「へェ……あたしはよくわからないな。けど、綺麗じゃねえか。久しぶりに見るよ。星空」
続いてミッシェルも言う。
これまで険しい表情だった彼女だが、脱出後はどこか緊張がほぐれたようだった。
エステルもロゼも、緊張がほぐれているよう。
「君たちは、すべてが終わったらどうしたい?」
グリフィンは他の4人の方を見てそう言った。
「そうだな……僕はまた錬金術について学びたい。レムリア大陸の未来を変えられるんじゃないかって」
と、タケルは言う。
そんなときだった。グリフィンとエステル、ミッシェルが迫る殺気に気づいたのは。




