2 セーフハウス
休みつつ地下水道をどれだけ歩いた頃だろうか。どこからか波の音が聞こえてくるようになった。それと同時に、行く手には地下水道の行き止まり――通路と水路を塞ぐように作られた柵が見えてきた。
「あれが見えてきたってことはもうすぐ海か」
そう言ったのはマリウス。彼が最も地下水道についてよく知っているので、その言葉は説得力があった。
「上に上がるところはあるのかい?」
グリフィンは尋ねた。
「ある。ちょうど俺たちが入ってきたようなところだな。そこもおそらく施錠されているだろうが、今はタケルがいる。そうだろ?」
信頼しきったような表情をタケルに向けるマリウス。
「一度壊してその後に作り直すのなら僕でもできる」
タケルは答えた。
できることは限られているが、マリウスやエステルたちにとってタケルは頼もしく映った。
タケルが施錠された出入口をどうにかできることがわかれば、あとは階段を探すだけだ。マリウスは周囲をよく見て階段を探すのだが。
水音。その直後、水路の中から現れるワニのような生物。合成獣である。赤い目をしたワニのようではあるが、その背には取って付けたような翼が生え、歯は犬のよう。前足はワニのものとは思えないようなかぎ爪がついたもの。近いのはライオンなどの肉食獣だろう。
そいつは水面で羽ばたき、飛び上がり。空中から一行を見下ろしていた。まるで獲物を品定めしているかのように。
「なんなんだよコイツ! ぜってー転生病棟が絡んでんじゃねえか!」
と、ミッシェルは吐き捨てて合成獣に突っ込む。
「危ない! そいつは――」
マリウスが止めてもミッシェルは聞かない。彼女は合成獣が大きく口を開けた瞬間、その背後に回り込む。からの、爆発的なエネルギーを纏う蹴りをたたき込む。背面からの攻撃には強いはずだが、その攻撃は翼をたたき折る。翼を折られた合成獣は飛行能力を失って水路に落ちる。
それを見逃さなかったのはエステルだ。
「よくやったぞ、ミッシェル」
そう言って、エステルは地面に手をつく。そのまま、魔族の異能を発動させ、水を操作し。水の槍を合成獣の四方八方から撃ち込んだ。
これが決定打となり、合成獣は息絶える。
「よし、行くぞ! 階段はそっちだ!」
マリウスが見つけた階段は柵のすぐ近くにある。一行は階段に向かって走り、階段を上る。
階段を上った先には踊り場があり、入口のように施錠されている。異なるところがあるとすれば、鎖と南京錠がないところ。それらはどちらも外にあるようだった。
ここまで来れば、タケルもやることはわかる。
タケルは扉に触れ、破壊できるように術式を作用させる。
術式により、不自然に脆くなり、扉としての形を保つことのできなくなった扉。それはすぐに崩れ、出口が開いた。
そうして一行は外へ。
破壊された扉を修復した後、タケルは他5人の仲間とともに外の様子を見た。
まず、気温は南部らしく暖かい。日は傾いた頃。防風林のすぐそばにある出口は海岸に面していた。それも、白い砂が特徴の美しい砂浜。立ち入りが制限されていなければ観光客にも人気のスポットだったことだろう。だが、ここは鮮血の夜明団が管理する場所。
「少し歩けばセーフハウスがある。一旦そこでゆっくりしよう」
と、マリウスは言う。
この場にいた誰もが賛成した。病棟からここまで、腰を据えられる場がなかったのだ。
一行は周囲を警戒しつつ砂浜を歩き、木の家までたどり着く。
木の家は山などにあるようなログハウスのようだったが、玄関前には指紋認証装置があった。マリウスは指紋認証装置に触れ、解錠する。
「さて、入るか。食料もあるぜ」
と、マリウス。
一行は早く休みたい一心でセーフハウスに入った。
セーフハウスの中は一見普通の家のようだったが、至る所に収納があり、その中には食料や服、薬などが保管されていた。それらの収納の近くには手紙もあった。
【ここは調査員または要注意組織から逃れた逃亡者向けの場所です。食料、服、薬などは自由に使っていただいて構いません。ただし、使ったならばどれだけ使ったかを記録しておくこと。もし記録されていなければ盗難と判断し、首を落とします。
PS.大陸政府へ
くたばれ大総統。お前のせいで大陸はおかしな方に進みつつある】
手紙には癖のある文字でそう書かれていた。
「マリカか」
マリウスは言った。
「マリカ?」
「俺と同じ組織の錬金術師だな。それも凄腕のな」
と、マリウスは言う。
「ま、組織としてこういうことをやってんだ。話によると会長が今の会長になった頃からこんな形のセーフハウスが作られるようになったらしいな。そのおかげで俺たちはやりやすいってわけだ」
と言って、マリウスは壁の収納を開ける。そこには様々なサイズの服がかけられている。
「僕たち、追われているのなら服も替えた方がいいんじゃないか? 特にマリウス、転生病棟の職員みたいだ」
保管された服を見て、タケルは言った。
彼の言うとおり、マリウスは転生病棟にいた職員の服を着ていた。もっとも、それはマリウスのものではなく、職員から奪ったものだ。
ロゼやエステル、ミッシェルだって大概だ。捕らえられていたときに着ていた服や盗んだ服、それらは脱走したことがばれることにつながりかねない。
「一理あるな。服でばれちまうのは笑えねえ。着替えるか」
と言って、マリウスも収納から服を出す。彼の体格に合うものはないかと物色する。そんな中でミッシェルやロゼに合うものがあれば彼女たちに手渡した。
服を着替えたら、次は食事だ。
ミッシェルが冷蔵庫や冷凍庫を開けて中身を物色する。長持ちするものばかりだが、うまく料理すれば味気ない料理になることは避けられるだろう。
「誰か料理できるヤツ、いる? あたし、どうにも味覚がおかしくなっちまってさ」
冷蔵庫から食材を出汁ながらミッシェルは言う。
「できるぜ」
「僕もできるよ」
名乗り出たのはマリウスとタケル。
「え、アンタら料理できたのか。以外だ。できるなら任せるぜ」
ミッシェルは言った。




