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克法ロジックパラドックス -世界を変える簡単な方法-  作者: 墨崎游弥
彼の見た未来と過去【追憶編】 Side:パーシヴァル
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8 狂気と決意

「この話を聞いたら私を粛正してくれないか。私は彼女に魂を転移させ続け、廃人にした。私は罪深い人間だ。もう耐えられない……この病棟は狂っている」


 カンファレンスから数ヶ月後。パーシヴァルは職員寮の一角で、医師リアム・ホーキングの告発を聞いた。リアムの目の下には隈ができ、一目でやつれていることがわかる。パーシヴァルが以前リアムと顔を合せたときは今ほどやつれていなかったのだ。だが、パーシヴァルはこう言った。


「聞いていない、そんなこと。ミュラーは職員のメンタルケアもしているはずだ」


「あんなものに意味はないよ。並の神経をしている者には耐えられない。彼女……カサンドラ・ロカは、ここに来たときには明るくはきはきした女性だった。だが、実験を繰り返すたびに狂い、衰弱する。亡くなる前にはもう見ていられなかった。私が殺したんだ……たとえ実験を主導する蘇芳さんの命令だったとしても実行したのは私だ……すべて私が悪いのだ……」


 堰を切ったように言葉と涙をこぼすリアム。カウンセラーでないパーシヴァルでも、リアムの苦悩、彼が限界であることは容易に理解した。だが、どうにもできないのだ。病棟幹部ではあるが、その中でも力は弱い。加えてパーシヴァルは蘭丸に弱みを握られているに等しい。


「……すまない」


 パーシヴァルはそれだけを言った。


「あああああ……私は一体……」


 そう言うリアムの声を無視し、パーシヴァルは職員寮の地下から自室へと向かう。


 その翌日、パーシヴァルはあることを聞いた。

 リアム・ホーキングは首を吊って自ら命を絶った。

 遺体が見つかったのは職員寮の共同浴場の脱衣所。夜勤の職員が戻り、共同浴場を訪れたときに発見した。

 自殺については噂が瞬く間に広がったが、その理由については明らかにならなかった。知っていたのはパーシヴァルだけだった。


 このときだろうか、パーシヴァルが天性病棟の狂気をより感じるようになったのは。

 転生病棟の目指す最善とは?

 パーシヴァルは心を殺そうとした。


 さらに2ヶ月近く経った頃、ついにナロンチャイ・ジャイデッドへのナノースの移植手術が行われることとなった。


「すごいよ、彼の適合率。ジャイデッド夫妻はどうなっても構わない、ゴミのようなものだと言っていたけれどそんなことは決してない」


 病棟幹部のみに使用を許された休憩室で、ヴァンサンはぽろりと言葉をこぼした。


「君もわかるよね。知識だけでぱっとしないと思ったけど、まさかここまで適合するとは」


 同意を求めるようにヴァンサンはパーシヴァルを見る。死神を思わせる彼のまなざしはそれだけで圧があった。


「わかるよ。検査なら俺やクロル、ライネスがやったからな。実験体にされてしまえば意味を持つのはそれだけだ」


 と、パーシヴァルは半ば本心から外れたことを口にした。


「ケヒャッ! それが君の本心かどうかは知らないけど適合することに意味があるというのはそうだね。よくわかっていて何よりだよ」


 そう言うと、ヴァンサンは立ち上がる。彼はこれからナロンチャイ・ジャイデッドの手術を行う。


 それからパーシヴァルは数時間後に手術の成功を聞き、さらにその2日後に被験者の死亡を聞かされた。被験者ナロンチャイ・ジャイデッドはナノースに適合するも、これまでに予想されていなかった形で衰弱し、血圧低下の後死亡したという。


「死亡診断は僕が下した。執刀しているときはね、複雑な術式に『Vaccine(予防接種)』のナノースが絡み合う様子を見て成功を確信したよ。それを、彼は裏切ったんだよ」


 被験者の死を伝えた時のヴァンサンは失望したような表情をしていた。それはパーシヴァルも同じ。

 だが、スクリーニングを行ってもナノースを移植して生きていた例の方が少ないのだ。不適合ではなかった時点でその被験者はよくやった方だろう。


「おや、その言い方は違うだろう?」


 そうやって2人に声をかけてきたのは(ムゥ)。胡散臭い彼だが、今ばかりは状況を変える意味でありがたい人物だった。


「違う? スクリーニングをして陽性で、予備の検査でも桁違いの適合率を見せて、手術中にも適合率の高さをにおわせた」


 と、パーシヴァル。


「そもそもの適合率から低いのだよ。君とも事情が違う。死ぬのが当たり前だよ」


 (ムゥ)はある意味当たり前のことを話す。が、パーシヴァルとヴァンサンはこの時代のナノースの本来の性質を思い出す。非常識なくらいに人に適合しないのだ。


 パーシヴァルもヴァンサンも、(ムゥ)の言葉を受けてどうにか納得した。


 だが、また状況は変わる。

 ナロンチャイ・ジャイデッド――タケルは霊安室で息を吹き返し、パーシヴァルたち転生病棟に牙をむいた。地下1階で相対したタケルはパーシヴァルに明確な敵意を向けた。


「――!?」




 パーシヴァルが目を覚ましたのは転生病棟のどことも異なる場所。かたいベッドの上に体を横たえ、無機質な壁の方を向いていた。空気感からして尋常ではない場所であることだけはわかる。パーシヴァルはごくりとつばを飲んだ。


「おはよう、パーシヴァル君。だいぶうなされていたけど」


 パーシヴァルの前に現れたのはキイラ。


「何があった……!? 俺は」


「あなたも逸材なんだから逃げようなんて考えないでね。転生病棟とΩ計画は死者以外に去る者を許さない」


 そう言うと、彼女はぺろりと舌舐めずりをする。


 一方、パーシヴァルは決意を固めていた。後悔のないように生きる。未来を変える。暗黒の未来など、迎えてなるものか。

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