7 2年後
手術後1週間でパーシヴァルは検査部門の幹部となった。検査部門の幹部がいなかったこともあるが、パーシヴァルが未来で血液を扱っていたことが大きいだろう。
パーシヴァルは患者たちの血液を分析しては検査結果を他の部門に渡すような生活を送ることとなった。が、いくら血液などの分析をしたところで上げられる功績などたかがしれている。パーシヴァルは新入りでしかないのだ。
病棟幹部となって2年ほどが経過した。相変わらずパーシヴァルはロゼに会うこともできなかった。それどころか、彼の前では誰もロゼについて言及しない。口止めでもされているかのように。
あるとき、パーシヴァルは最も親しくしている病棟幹部、ガネット・アベバオに尋ねた。
「木さんは頑張ればロゼに会えると言っていた。俺がまだ幹部の中では新入りだってことは理解してる。それでも、誰もロゼについて触れないことはおかしくないか……?」
パーシヴァルの言葉にガネットは目を伏せる。
「……話さないのはお前のためなんだ。『ROSE』について知るようなことがあれば、お前は何をするかわからない。それが病棟でのお前の評価だ」
と、ガネットは言った。
「そう、か。いや、約束したのはあんたじゃなくて木さんだ。直接聞いてみるよ」
パーシヴァルはそう言うと、木の研究室へと向かう。
木の研究室は病棟幹部なら誰でも入ることのできる応接室と限られた者にしか入ることのできない実験室、檻に仕切られている。パーシヴァルが入ることのできる場所は応接室だけ。パーシヴァルは応接室のインターホンを押した。
すぐに木は研究室から出てパーシヴァルを出迎える。
「珍しいじゃないか。どうしたのかい?」
「ロゼについて聞きたいことがある。俺はいつロゼに会える……?」
パーシヴァルは尋ねた。
木は少しばかり眉根を寄せ。
「そういえば君の提示した条件は『ROSE』だったね。だがね、まだ君が知るには早いだろう。その時が来たら知ることになるさ。私たちが信用できないかもしれないが、それが最善なのだからね」
彼はそう答える。
パーシヴァルはここで久々に、ロゼに会えない可能性を考えた。これまで頭の中から抜け落ちていたのだ。
「そうだったな……この病棟はすべてにとっての最善を目指している。失礼した、木さん」
と言って、パーシヴァルは仕事に戻る。
その様子を微笑みを浮かべつつ見送る木。その微笑みの奥底にはどこか底知れぬ闇のようなものがあった。彼は本当に最善を求めているのか――
パーシヴァルは、木が院長さえ敵に回しかねないと感じていた。
戻った場所は検査部門の分析室。患者もとい被験者の血液を様々な方法で分析する場所だ。
パーシヴァルが席を外していた間、分析を進めていたのは銀髪の男性検査技師と褐色肌の男性検査技師。マリウス・クロルとペドロ・ライネスだった。
「待たせたな、クロル、ライネス。何か困っていることは?」
仕事に戻るなりパーシヴァルは2人に尋ねる。
「特に問題はない。順調に進んでいるよ。いや、スクリーニング用に出された血液が陽性だった。つまりナノースに適合する可能性がある」
答えたのはペドロ。
彼はパーシヴァルが未来からやって来る少し前から検査技師として働く錬金術師だった。冷静でありながらも熱く頼もしい彼を、パーシヴァルは高く評価していた。
「本当か。いや、スクリーニングで陽性だったところで確実に適合するとはいえない。ひとまず、カルテを見たい」
パーシヴァルが言うと、マリウスが薄い端末を取って手渡す。渡された端末には陽性を示した患者のことが書かれていた。
ナロンチャイ・ジャイデッド。18歳。元錬金術アカデミーの学生で、1月ほど前に連れてこられた。目立った病気や特殊な体質、特殊な遺伝子もない、純粋な人間だ。
「誕生日は9月6日。あと1週間で誕生日だな。まさか誕生日プレゼントがナノースってやつか?」
そう言ったのはマリウス。
「いや、手術は半年近く先だ。別の手術との兼ね合いもあるし、なにより適合率の高いナノースを検討する必要がある」
「へえ、さすがアイン・ソフ・オウルのパーシヴァルだな。俺たちのわからねえ部分までよく理解してるぜ」
パーシヴァルの言葉を受け、マリウスは言う。そうやって言葉を交わしながらも仕事の手を止めることはない。入って日が浅いマリウスでもその辺りはきっちりとしているのだろう。
「スクリーニングが陽性だったのなら、カンファレンスが必要だろ?」
仕事のできるペドロもマリウスに続いて言う。
「そうだな。ちょうど、今日の15時からナロンチャイ・ジャイデッドについてのカンファレンスがある。詳しいことはそこで決まるだろう」
と言って、パーシヴァルも山積みになっていた仕事にとりかかる。
そうして、15時前。パーシヴァルは分析室を出て最上階の極秘のスタッフステーションへ。シンプルながらも高級感漂うその部屋にはすでに5人の幹部と院長カノンが揃っていた。
「遅くなった」
「いや、気にしなくていい。まだカンファレンスが始まる時間にはなっていない。そうだな、あと30秒だ」
パーシヴァルにそう言ったのはこの病棟、転生病棟の院長カノンだった。パーシヴァルは彼以外の視線を気にしながら入り口に最も近い席に座った。
「さて、カンファレンスを始めよう。まずは検査から」
カノンはそう言ってパーシヴァルに視線を向ける。
「結論からいくと、ナノース適合のスクリーニングは陽性。栄養状態、水分など検査値ではすべて異常なし」
と、パーシヴァル。
彼が話したことはすべてカルテにも書いてある。彼の後にも看護師の蘭丸や管理栄養士のガネット、カウンセラーのミュラー、主治医のヴァンサン、薬剤師のフィトがそれぞれの担当とする内容を話す。
「なるほど、手術のスケジュール上仕方ないが2年ぶりの逸材ともいえるのか。早く移植手術をしたいものだ」
それぞれのスペシャリストの説明を受け、カノンはそう判断した。パーシヴァルだって件の被験者は適合し、11人目の病棟幹部となると確信していた。




