6 手術のあとに
手術は成功した。
パーシヴァルはナノース『Electric』に適合し、晴れてアイン・ソフ・オウルの一員となったのだ。
手術後、パーシヴァルが目を覚ました場所は海の見える病室。高い場所――眺めからして少なくとも4階以上だろう――からは朝日の昇る様子とカモメが群れに加わる様子が見えた。
外の景色を見ている中、訪れたのはピンク色の髪の眼鏡をかけた職員。穏やかな表情ではあったが、パーシヴァルは思わず身構えた。それでも職員はにこりと笑い。
「やあ、パーシヴァルくん。スクリーニングしたとはいえ、ちゃんと適合してくれて何よりだ。何か変わったところはないかな?」
ピンク髪の職員は穏やかな口調でそう訪ねた。
「特に・・・・・・いや、あなたは・・・・・・」
「木暁東だ。君と同じく病棟の幹部アイン・ソフ・オウルのひとりだよ」
胡散臭く微笑む木に、パーシヴァルは不信感と恐怖を覚えていた。素性が知らないから不信感を覚えるというのではなく、もっと根底から信用できないのだ。これまで、未来で見た人物たちとはまた違った恐ろしさが彼にはある。
「おや、君。さては私を信用していないね? せっかく君を殺さずに幹部にまでしようとしているんだ。破格の待遇だとは思わないか?」
と、木は続けた。
警戒心を解こうとしているのかもしれないが、パーシヴァルの目には木が詐欺師のようにしか映らない。
「それでもだ。身寄りのない俺は、あんたたちにとって最高のモルモットに過ぎないんじゃないか?」
パーシヴァルが言うと、饒舌だった木は少し黙る。そうして目線をせわしなく動かし、何かを思い出したかのように再び口を開く。
「さっき伝えたとおり、適合できない者はスクリーニングで除外くらいしているさ。手術についての説明もした。我々は同志を欲しているんだよ。そのためには、いかなる条件でものむ。君が求めるのは何かな?」
木の視線はパーシヴァルに向いた。
どこまで本気なのかは彼のみぞ知る。だが、胡散臭く見えようとも今は彼の話に乗るのがいいのかもしれない。
「探している人がいる」
パーシヴァルが口にすると、木の眉がぴくりと動く。
「その人物とは?」
「ロゼ・・・・・・俺の恋人だ。この世界で会えるとは思っていないが」
木に聞き返され、パーシヴァルは続ける。
不可能であることはわかっている。パーシヴァルの知るロゼはこの時代から見れば未来の人間。過去に飛んでいない限り会うことなんてできるわけがないのだ。
だが。
「ふむ、ロゼかい。会うだけならばきっと難しいことではないよ。うちの病棟にもいるのでね。ただし、無条件で承諾はしない。こちらの条件は、病棟に尽くすこと」
と、木は言う。
その返答がパーシヴァルにとって予想外だったのだ。
「・・・・・・会えるのか」
聞き返すパーシヴァル。
「当たり前さ。ここをどこだと思っている。かの有名なアノニマス博士・・・・・・じゃなかった、教授がとりまとめる施設の一角。転生病棟だ」
そう言うと木はくいと眼鏡を整える。その姿はどこか不敵で、パーシヴァルにとっても敵に回せない相手として映る。
圧倒されるパーシヴァルとみて、木は再び訪ねた。
「君は何ができる。錬金術師といっても特技は人それぞれ。医療が得意な者もいれば、兵器開発に精通した者もいる。聞いておけば君の配置を決めるヒントとなる」
そう聞かれ、パーシヴァルは自身が未来でしていたことを伝えた。
「血液ばかり弄っていた。人間から、液体生命体、北の魔族、吸血鬼、ダンピール、外から来た種族。彼らから回収した血液について研究していたんだ。いや、俺はまだ見習いか」
「ふうん・・・・・・興味深いね。それこそ、試験管に血液を入れて、か」
木は言った。
「間違ってはいない。俺はそこまでできなかったが」
「十分だよ。そのうち、中からやり方も技術も身につくはずだ。院長に伝えておこう」
と言って、木はメモ帳を取り出すとパーシヴァルの言葉を記録する。
「そうそう、君はレムリア人にしては異種族に詳しいね。何か隠し事でも?」
見透かすようなまなざしを向ける木。
パーシヴァルはごくりとつばを飲んだ。
木はパーシヴァルの言うことを信じるか。仮に信じたとして、未来から来たパーシヴァル自身を生かしておくだろうか。
パーシヴァルは思考を巡らせる。
「答えられないのかい?」
木は訪ねる。
「この病棟で不審死する者はいるか?」
地雷を踏んだ。パーシヴァルは木の表情を見てすぐに悟る。
「あー・・・・・・そういうこと聞いちゃう? 私はね、幹部でも院長に近い立ち位置でね。下っ端ならともかく私に聞いたことは悪手でしかないよ」
そう言って木は脅す。いや、警告する。さらに彼は無言の圧をパーシヴァルに向けた。
おそらく、発言を撤回しなければパーシヴァルが殺される。
「・・・・・・聞かなかったことにしてくれ」
と、パーシヴァル。
「うん、賢明な判断だよ。さて、君の隠し事は?」
「すべては蘇芳蘭丸とエヴァン・ハリスが知っている。俺がどこからどうやってここに来たかは2人が一番知っている。俺以上にな」
パーシヴァルが答える。
すると木は目を丸くする。
「これは驚いた。あの2人はキイラの次に新参だよ。そんな2人が君のことをよく知っているとはね・・・・・・」
木は言う。
「その通り。俺だってよくわからないことばかりなんだ。俺のことを調べたり仮説を立てられるやつらに聞くのが一番早いだろう」
「一理あるね。わかった、では2人に聞いてみようか。じゃあ失礼するよ」
と言って、木は病室を出た。




