3 多分過去に飛んだ
カプセルの中でパーシヴァルは違和感を覚えた。それがロナルド大帝の魂によるものか、はたまた別の理由によるものか。それはわからなかった。
だが、パーシヴァルは自分が自分でなくなる感覚だけは覚えなかった。それは何を意味するか――
転生病棟、4階第6研究室。魂の転移装置のコントロールパネルにエラーと表示され、警報が鳴る。
「どういうこと!?」
取り乱す蘭丸。ハリスも気が気ではない様子で、すぐにコントロールパネルを見た。
そこに表示されていたのは、エラーコード『Null』だった。それが示すのは、未知のエラー。想定されていない事態が起きたことになる。
「知るかよォ! 何が起きてるかオレも知らねえからよ! とにかく装置を!」
「わかってるわよ!」
そう言うと、蘭丸は転移装置のカプセル横の緊急停止ボタンを押した。
魂の転移装置の駆動音は少しずつ小さくなるが、いつものように停止するわけではない。異常事態であることは明白だった。
やがて魂の転移装置は停止し、同時にカプセルが開いた。蘭丸はすぐにカプセルの内外の状況を確認する。蘭丸が見たものは、予想をはるかに上回るもの。
カプセルの中には、実験前に入れた人物とは全く異なる人物がいた。その人物はどこかの囚人服を着せられたオレンジ色の髪の青年。彼もまた気が動転しているように見える。
「おい、蘭丸。どうなってやがる? 失敗か?」
と、ハリスは尋ねる。
「アタシのプライドが許さないけど、今ほどただの失敗だったらよかったと思ったことはないわ……何よ、コレ。放り込んだ実験体がそっくりそのまま別人になってんのよ。着ていた服だって実験着じゃないわ」
蘭丸は答えた。
施設の職員とは異なる人物、長髪の看護師と、水色髪の看護師――蘭丸とハリスの様子を見たパーシヴァルも、尋常ではない状況に置かれていることを悟る。
それでもわからないことばかりなのだ。施設の内装と、ここ――転生病棟の内装はまるっきり異なる。魂の転移をしてカプセルから出るだけでここまでかわるものか?
「し……失敗って何だ……俺はロナルド大帝の魂が入れられるんじゃなかったのか……!?」
パーシヴァルは言葉をこぼす。
彼の言葉を耳にした蘭丸とハリスは口々に言った。
「誰よ、そんな人。大帝って呼ばれる人なんてどれだけ新しい時代でも300年前くらいにしかいないでしょ」
「悪ィな。オレが知ってるロナルドはオレの友人と大総統だけだ。お前、さては並行世界から来たんだろ」
ハリスはにやりと笑う。
だが、パーシヴァルは並行世界から来たとは答えきれなかった。
パーシヴァルは、ロナルド大帝が大総統だった頃のことを書物経由ではあるが知っていた。それは、パーシヴァルがロゼに刺されたときから30年ほど前。Ω計画が頓挫し、その産物をすべてロナルドの一派がかっさらう前だ。
パーシヴァルは自身が過去に飛んだのではないかと考え始めた。
「まだあるのか、並行世界につながるゲートは」
パーシヴァルは尋ねた。
すると、今度は蘭丸が答える。
「当たり前じゃない。鮮血の夜明団やΩ研究所で管理されたゲートが7つ残っているわ」
心底面倒臭そうな蘭丸だったが、パーシヴァルは対称的な反応を見せた。
「ゲートもだが……鮮血の夜明団が解体されていないだと……!? 今は何年なんだ。教えてくれ。返答次第で俺がどこから来たか判断できるかもしれない」
食いつくパーシヴァル。
そんな彼を見た蘭丸はため息をついて一言。
「N2022年よ」
蘭丸の言った年は、パーシヴァルの生きていた時代の30年前に当たる。
はっきりした。パーシヴァルはレムリア帝国が存在する時代から過去に飛ばされたのだ。
「そうか……はっきりしたよ。俺は多分、未来からきた。なぜ未来からここに来たのかは知らな――」
「ありえないわ。今から検査と精神鑑定を受けさせる。未来から過去に行くなんて技術も能力も見つかっていないのよ」
ばっさりと切り捨てる蘭丸。
一方のハリスは蘭丸ほど険しい、あるいは他人を見下すような表情を見せず。
「ま、検査受けたところで死にやしねえ。気楽に受けとけよ。それに、お前の言うロナルド大帝とやらの魂の話も聞いてねえ。大切なサンプルだからな、まだ殺さねえ」
そう言ったハリスはデスクに置かれた酒瓶を手に取り、酒を口に含む。すると、蘭丸は呆れながら言う。
「ハリス……アンタねえ、病棟は酒類持ち込み禁止って言ったでしょ」
「あ? 変わらねえだろ、消毒用アルコールも酒も。もし酒取り上げるっつーなら、今度は病棟の消毒用アルコール飲み干してやるからな」
そうしてハリスは蘭丸に悪態をつく。
この2人はパーシヴァルからすれば戯れているようにも見えた。互いに雑な対応をして、釘を刺して。それでも2人には信頼があるようだった。
蘭丸は近くに置いていた端末を手に取り、ある人物に連絡を取る。その相手など、当然パーシヴァルは知らない。
蘭丸は連絡を取った後に端末を台に置く。その後、パーシヴァルの方を見てこう言った。
「もうすぐ院長とミュラーが来るわ。アンタのことを報告したら、たいそう興味を持っていたわよ。院長は」
「院長……」
パーシヴァルは思わず言葉をこぼす。
それを聞き取ったハリスは酒瓶を持ったままつかつかとパーシヴァルに近づき。
「知らねえのか? ここは病院だ。だからお前、運がいいな。どんな病気でも怪我でも治療できる環境が整ってんだからよォ」
ニヤニヤと笑いながらそう言った。
「病院か……」
パーシヴァルはそれだけを言い、部屋のあちらこちらに目をやった。
確かに置かれている器具は病院にあるそれ。蘭丸とハリスが白衣の下に着ている服も医療にかかわる人間が着用してもおかしくない。
しばらくして、研究室の扉が開いた。
やってきたのは白目まで黒い銀髪の男と、眼鏡をかけた金髪の男。黒目の男は興味深そうに、全身をくまなく嘗め回すようにパーシヴァルを見た。彼とは対照的に、眼鏡の男はパーシヴァルに一切興味がなさそうに見えた。
「話は蘭丸に聞いた。面白そうじゃないか。業務を中断してすっ飛んできたよ」




