2 暗黒の未来でⅠ
タケルの死と蘇り、覚醒から30年。
レムリア大陸にはひとつの大陸が存在していた。病棟での患者の反逆が起きた頃までは連邦国家として民主制を採用していた大陸。だが、それはとある人物の手で絶対君主制の国家となった。
ロナルド・グローリーハンマー。
29年前、民の熱狂的な支持を受けて帝国をつくりあげた元大陸大総統。
彼が帝国を作り上げてから、レムリア大陸は大きく変わった。
ニュースにはでかでかと旧鮮血の夜明団構成員の処刑――記事の見出しには【政治犯エレナ・デ・ルカ公開処刑】と書かれている――についての記事が掲載されていた。
パーシヴァルは端末でニュースを閲覧し、複雑な表情で画面をスクロールした。
「……ロゼから聞いた。俺が生まれる前には、こんな公開処刑なんてない時代があったんだよな。ロナルド大帝が言っていたΩ計画の初期の首謀者が殺されて、すべてロナルド大帝が引き継いで。それですべてが変わったってキルスティ博士は言っていた」
パーシヴァルは呟いた。
そんな中で彼の視界の端に色あせた写真が入る。これは鮮血の夜明団の構成員だった人物の者。写真の真ん中には銀髪の青年と赤毛の女がおり、2人を取り囲むように15人ほどの男女が立って、あるいは座っていた。
写真に写っている人物の大半は殺されたか収監されたかのどちらかだ。ニュースで取り上げられていたエレナだってそう。世界が変わったことで、当時の鮮血の夜明団やその関係者を取り巻く環境は一変した。
だが、パーシヴァルはそれでも強く生きたかった。
守るべき人物がいたのだ。
「ロゼ……あんたがいるから俺はこんな世界でも生きられるんだ」
そう言って、パーシヴァルは黒のジャケットを羽織り、外に出る。
向かうのは恋人ロゼと待ち合わせているカフェ。初代皇帝好みの街並みを颯爽と歩き、帝国政府高官好みの外装のカフェへ。
パーシヴァルが到着した頃には、すでにロゼは到着していた。
長く赤い髪。太陽を知らないような色白の肌。はっきりとした黒い瞳。身に纏うのは長袖の白いワンピース。
恋人はパーシヴァルの姿を見るなり、ほほえんだ。
「すまない、待たせてしまった」
「いいよ。気にしないで。私も用事があって、それが偶然早く終わっただけだから」
気にする素振りを見せないロゼ。だが、パーシヴァルは彼女が恋人だと思っていたがゆえに油断していた――
ロゼの手には薬の塗り込まれた刃物が握られていた。
ロゼはいつものように、パーシヴァルに抱き着く。パーシヴァルもロゼの体温を感じつつ抱きしめるのだが――ロゼは悟られることなくパーシヴァルに刃を突き立てた。
その薬品はただの薬や毒ではない。パーシヴァルが気づいたときにはすでに意識がもうろうとしていたのだ。
「……ごめん。ごめんね、パーシヴァル。私も帝国の人間だから」
パーシヴァルが意識を失うとき、ロゼはこう言った。
はめられたのだ。パーシヴァルは確信した。
「ロゼ……信じていたのに……」
その言葉が声として出たのか、言葉がロゼに伝わったのか。それは誰もわからない。
次にパーシヴァルが目を覚ましたのは電子錠で施錠された牢だった。ロゼに刺された傷は、もはやどこを刺されたのかもわからないくらいに回復していた。手錠や足かせの類はつけられておらず、牢はホテルの一室のようでもあった。牢のあらゆる人間の通れる穴は塞がれていたが。
パーシヴァルが目覚めてほどなくすると、備え付けのモニターがついた。
映し出されたのは帝国立錬金術研究所の職員。白衣のようなコートに軍服、制帽を着用した金髪の男だった。
『お早う、危険分子くん。君の恋人が思いのほか有能でね、なかなか姿を現さない君をどうにか捕らえることができた』
画面の向こうの金髪の職員はそう言った。
すると、パーシヴァルは目を見開き、モニターに詰め寄り。
「恋人……!? ロゼが!? 嘘だ……俺とロゼはそれまでの関係だったのか!? とにかく、出せるならロゼを出せ!」
まくし立てるように言葉を投げつけた。声は時折裏返る。対面していたのであればその迫力も伝わるのだろうが、職員とパーシヴァルはモニターとカメラを隔てている。
だからだろうか、職員は動じることなく続ける。
『ああ、これだから危険分子は。君と彼女は会わせられない。何が起きるかわからないからね。とにかく、目覚めたのならばこれから検査の日々だ。我々の目にかなう人物であれば君をこちら側に引き入れる』
表情ひとつ変えることなく職員は話す。
パーシヴァルはどうすることもできなかった。この施設では反抗することも許されず、検査や手術を受け。パーシヴァルの顔はロゼに刺される前から様変わりしていた。
そうして、ある時。
とある因子に適合したことが判明し、パーシヴァルは職員に連れられて治療室へ。
治療室には人が入ることのできるカプセルがいくつもあり、うちひとつは黒箱から伸びたパイプがつながっていた。
「インフォームドコンセントだ。治療については話しておかなくてはな。これは、お前にロナルド大帝の魂を入れる代物だ」
眼鏡をかけた職員が言った。
ロナルドはこの時代から7年前に世を去っている。遺体の冷凍保存などが噂されているが、国葬として火葬されたことはパーシヴァルも知っている。だが、彼の魂などパーシヴァルの予想できることではなかった。魂という概念さえも。
「魂……?」
パーシヴァルは尋ねる。
「お前がロナルド大帝の遺志を継ぐのだ。あの血筋はイデア能力者であり、短命だ。ならば血ではなく魂を受け継いでいくべきではないか?」
眼鏡をかけた職員はそう言うと左側の口角をほんの少し上げる。瞬間、パーシヴァルはとんでもない寒気を感じた。
ロナルドの魂を肉体が受け入れるのならば、パーシヴァルはパーシヴァルでなくなるだろう。魂がどう定義されているのか知らなくとも、職員の発言からパーシヴァルは察してしまった。錬金術師であるパーシヴァルはわかってしまったのだ。
「そんなことより……俺がロナルド大帝になれば、ロゼは……」
パーシヴァルが言いかけたとき、両側に立っていた職員がパーシヴァルの口を塞ぎ、羽交い絞めにし。そのままカプセルに放り込んでカプセルを閉じる。
カプセルの強化ガラスを隔てた先で、金髪の職員が装置のスイッチを押した。
「……そんな」
パーシヴァルはそう言葉を吐き、意識を手放した。




