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30 戦いに酔う

 氷の礫が降り注ぐ中、エステルは霧の中の気配を感知した。だから彼女は水の防壁を消し去り、気配の方へ。その気配の主は――


「いけ」


 その五感は発達しすぎていた。たとえ熱を持った霧の中に閉じ込められても、彼女は能力――ナノースを行使した者の居場所を完全に把握した。

 だからその方向に水の槍を放ち、さらにエステル自身も突っ込んだ。


「ハッ! ただの水か! こんなもの、こうだ!」


 ナノースの使用者ハリスは水の槍に加熱水蒸気をぶつけて蒸発させる。が、その後の攻撃までは予測していなかった。

 突っ込んだエステル、反応が遅れたハリス。エステルはそのままハリスに蹴りを入れ。ハリスは壁に叩きつけられた。


「ハリス!」


 蘭丸の声。

 背中から叩きつけられ、体のあちらこちらの骨が折れている。痛みだってあるが、消毒液のアルコールが抜けきっていないハリスはまだ耐えられた。肉体を再生させつつハリスは口の中に溜まった血を吐き。


「問題ねえよ。にしても、この人間もどき。戦い方をしくじっちゃ死ぬぜ、俺ら」


 落ち着いた口調でそう言った。彼にしては珍しく、敵を高く評価していた。だから蘭丸はエステルがそれほどの相手だと悟ったのだ。


 そんな蘭丸がエステルに術式を投影しようとすれば、横から乱入者があった。

 ミッシェルだった。

 彼女は音のような速さで蘭丸の横から接近し、拳を叩き込む。蘭丸もまた吹っ飛ばされ、肋骨が何本か折れた。が、それ以上に屈辱感が蘭丸の中に湧き上がるのだ。

 動けなくてもレンズで術式を投影する。ハリスだってまだ生きているのだから、できる範囲でやればいい。最終的に反逆者を殺せばいいのだ――

 そんな蘭丸の視界の端に、返り血を浴びたミッシェルが入り込む。


「おい、こっちはどうなってんだ」


 ミッシェルは尋ねた。


「タケルが……だが、お前が乱入してくれたおかげで助かった。私が水色の髪のやつを相手する。お前は長髪の方を頼む。私ならあの高温にも耐えられるからな」


 と、エステルは言う。

 ミッシェルもハリスをエステルに任せ、自身が蘭丸を相手するつもりだった。それぞれ考えることは同じなのだ。


 エステルがハリスの息の根を止めにかかろうとする。ミッシェルもそれに続き。だが、当然ともいうべきか、ハリスはエステルに向かって超高温の水蒸気を噴射。蘭丸は蘭丸でミッシェルとマリウスを狙い撃つように光線を撃った。


「クソが。それが当たると思うなよ!」


 ミッシェルはそう言って音速に近い速さで光線を躱す。が、彼女は見ていなかった。光線はマリウスにも撃たれたことを――


「アンタ、視野が狭いのね。顕微鏡以下かしら?」


 と、蘭丸。

 ミッシェルはその意図をすぐに知ることとなる。

 自身は光線を躱したが、マリウスは光線で胸を貫かれ瀕死の重傷を負っていた。


「てめぇ……1日やそこらしか一緒にいなかったとはいえ、仲間を……ぶっ殺す!」


 激昂し、突っ込むミッシェル。計画通りとほくそ笑む蘭丸。蘭丸の術式がミッシェルの体表に投影された――かと思われた。ミッシェルは術式が投影された直後、その範囲から脱して蘭丸の至近距離へ。

 蘭丸は咄嗟に光線を撃ってミッシェルの攻撃を逃れたが、自身の不利を察していた。人間の領域を逸脱した速さで動かれてしまえば蘭丸は対応のしようがないのだ。

 それに気づいたミッシェルはその速度で蘭丸を翻弄することにした。


 マリウスに駆け寄ったのは少し前に攻撃を受けたタケル。自身の肉体を再生したタケルは、すぐにマリウスに対して錬金術を使う。

 術式を演算し、損傷した組織を修復する。近くの水からマリウスの血液を作り出し、強引に輸血する。


「頼む……生き延びてくれ……あんたが僕を助けてくれたから今僕はここにいるんだ……」


 タケルは輸血しながらマリウスに語り掛けた。

 脈も呼吸もある。が、意識はない。本当に間一髪だったのだろう。タケルはマリウスから離れずにエステルたちを見た。


 エステルは自身の人間離れした再生力を生かしてハリスに対して単独で立ち回っている。が、決定打にかけている。たとえ水の槍や杭、剣で攻撃したとしてもそれらはすべて蒸発させられる。肉弾戦は効果的ではあるが、そのハリスは身体能力も高い。エステルの攻撃を見切っているようでもあった。加えてエステルは奥の手である捕食もする気配がない。否、できない。


 ――「あれは光ある場ではできない。私の命を危険にさらすことになる。私の身体が拒否するのだ」


 タケルはエステルの言葉を反芻した。間違いなく、この場ではできない。


 ミッシェルは彼女自身の体内にあるエネルギーを爆発させ、音速で動きながら蘭丸を翻弄している。だが、彼女にもまた決定打がない。

 このまま続けていれば他の職員や幹部が現れるだろう。そうなれば不利になるのはタケルたち。


 タケルは立ち上がり、体内の術式の演算を行う。さらにナノースも発動させ。まずはミッシェルに加勢した。

 ミッシェルが突っ込もうとして、蘭丸が彼女の近くに術式を投影しようとしたそのときだ。

 タケルは蘭丸に近づき、触れることで蘭丸の術式の投影を阻止。ナノースの発動をキャンセルした。


「この……! いくら有能なアンタとはいえ、許さないわ!」


 と、激昂する蘭丸。

 だが、タケルはさらに蘭丸に触れ、『Vaccine(予防接種)』のナノースを発動させた。それは人の術式やナノースに対する免疫のようなもの。さらに、それは蘭丸の生命にも及び。蘭丸の心臓は破裂。絶命した。


 次にタケルが目を向けたのはハリス。

 水蒸気を操るハリスにを前にし、タケルはまず水蒸気そのものにナノースを作用させて消し去った。水蒸気という盾を失ったハリスに対し、エステルが蹴りを入れる。が、ハリスは再び水蒸気を展開しようと試みた。


「あァ……『Vaccine(予防接種)』か。どうりで『Distillat(蒸留)ion』が効かねえのかよ」


 ハリスは言う。

 彼は蘭丸の死後すぐ、自身の死も感じ取っていた。だから、諦めていた。酔いも醒め、飲用には向かないアルコールの悪酔いが残り。不快感の中、ハリスは息絶える。タケルが触れ、ナノースを作用させたことによって。


 蘭丸もハリスも死んだ。

 勝利に浸る間もなく、それを見ていたグリフィンは言う。


「出よう。窓か壁を壊せば外に出られるはずだ。僕にはできないけど、君たちなら」


「それならば私がやる。私が壁を破壊し、マリウスを抱えて外に出る」


 と言ったのはエステル。

 彼女は壁の前に立ち、渾身の力で蹴りを入れた。すると、壁には穴があき、窓は割れて外に通じる道ができた。

 これで出られる。

 タケルたちは6人で病棟の外に出た。


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