表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/135

28 クソみてえな敵

「203号室の前から1階に行けるぞ! 幹部がいるがいけそうなら行くといい!」


 走りながらペドロは言う。

 病棟の2階には、3階から降りてきた患者やグリフィンがわずかながらも2階で解放した患者がいる。彼らの多くが被験者。中にはミッシェルのような強さを持つ者もいた。そういった患者はペドロの声を聞き、203号室前へと向かった。


 ペドロが向かったのはバックヤード。倒れた職員のカードキーを奪い、扉の前へ。すぐにカードリーダーにカードキーを読み込ませてバックヤードへ。そこからさらに裏側の階段――『ローズ・プラント』へ。


 階段を降りようとしていたとき、ペドロは背後に強い気配を感じていた。


「……ペドロ。そこで何をしている?」


 女の声。

 ペドロは声の主を知っていた。ペドロは声のした方を向いて言った。


「ガネットさん。まあ、こう言われるのはわかっていた。ロゼのところへ向かおうとしていたんだ」


「ほう……いち検査技師で幹部候補にすぎぬお前が『ROSE』に、か」


 暗い階段に入ったところで、明るい廊下の照明の逆行を受ける白衣の女。彼女はガネット・アベバオ。褐色肌に瑠璃色の瞳、藍色の髪をなびかせながら彼女は近付いてくる。彼女もまた、アイン・ソフ・オウルの一員。まごうことなき強者である。

 そんな彼女を目にしても、ペドロは怯まなかった。


「ほんの少しの時間で認識が変わるようなことを経験したんでね」


 ペドロは言った。


「その経験がどのようなものだったかに興味はない。私はな、お前が転生病棟に戻ることだけを望んでいるのだ。これまで通り、検査技師として、ゆくゆくは我が同志としてな」


 ガネットは言う。が、それだけでペドロと戦う素振りも他の者を呼ぶ素振りも見せない。ただ、ペドロだけに用があるかのような。

 だからペドロは話す余地があると判断してこう言った。


「そのことだが……あんたはあの被検体『ROSE』と生体電池についてどう思う?」


「愚問だな。生み出され、利用され、価値がなくなれば屠畜される産業動物。彼らにかかわる人間は心を痛めるが、私も同じ。いや、そうならないために心を殺すしかなかったのだよ。そうせねば、救えぬ世界がある……」


 ガネットは表情ひとつ変えることなく答えた。


「だが、私にはわからぬ。なぜお前が我らに反旗を翻すか。我らに身を委ねていればいずれ……」


 続けてそれだけを言い、踵を返してその場を去った。彼女の考えは彼女と神のみぞ知る。


 ガネットの不可解な行動のおかげでペドロは自由になった。今ならば病棟に出て蘭丸とハリスと再戦もできるし、このまま地下へ向かうこともできる。だからペドロは地下へと向かった。




 タケルたちが着地した場所から見えたのは病院食の搬出口と栄養管理室の扉。栄養管理室の扉には「不在」と書かれた札がかかっていた。


「栄養管理室にはいねえか。ここで待ち構えていると思ったが、ここにもいねえらしい」


 と、マリウス。

 彼の負っていた傷はすべて治癒していた。天井――2階の穴から1階に降りた後にタケルが治療したのだ。

 そんなマリウスに、タケルは尋ねた。


「この近くにはどんな職員が?」


「そうだな。厨房か栄養管理室の職員が多いだろう。それこそ幹部のガネット・アベバオのような人だなあとは、1階なら薬剤師たちもいる。指揮系統はどうなっているかわからないが」


 と言いながら、マリウスは立ち上がる。


「お、クソみてえな敵が来るな」


 ミッシェルもそう言った。

 直後、一行を包囲するようにして職員たちが現れる。厨房の職員と、薬剤師たちだ。彼らは全員ガスマスクを着用している。が、薬剤師たちの先頭にはマリウスの見覚えのある人物――ケイゴがいた。彼に限ってはガスマスクを着用していない。


「フィトさんから連絡が途絶えて、気づいたときには死亡報告が来た。そうなりゃ、どうするか分かってるよなァ?」


 ケイゴは他の薬剤師たちに無会ってそう言った。彼の言葉は薬剤師だけでなく、他の職員をも鼓舞することになる。そうして、薬剤師たちと数名の武装看護師、さらには厨房の職員たちが突撃し、銃口を向けた。


 とはいえ、タケルたちはそれだけで屈服するような人間ではない。


「はっ! 幹部じゃねえってんなら、ただのザコだな! 全員ぶっ殺して終わりだ!」


 銃口を向けられても気にしない者、ミッシェル。彼女は反射と体内でのエネルギー爆発だけで銃弾を躱し、手近な者から首をへし折ってゆく。幹部――アイン・ソフ・オウルのメンバーとは手ごたえが違う。ただの職員は脆いのだ。


「おら、怯むんじゃねえ! たかが実験体だ!」


 と、ケイゴが言えば薬剤師は突撃してやられ。だが、ケイゴに狙いが定まったとき、ケイゴは口角を上げた。

 それと同時に、ケイゴはイデアを展開する。ミッシェルには見えていないが、マリウスにはしっかりと展開された紅葉のビジョンが見えていた。


「気をつけろ、ミッシェル!」


 と、マリウス。


 ミッシェルは当然ケイゴを半分ほど警戒していた。が、ケイゴはミッシェルからすれば不可解な行動をとる。なんと、空中に浮いた何かを口に含むような素振りを見せたのだ。


 それでもミッシェルは気にせずケイゴに突っ込む。対するケイゴも応戦するようにメイスを振るう。素手とメイス、蹴りとメイスがぶつかり合う。2人は互角だった。ケイゴの能力が効いてくるまでは。しばらくして、ミッシェルは強烈な身体の重さに襲われはじめ――ケイゴ有利な戦況となった。


 一方の厨房側では、エステルとタケルが職員を相手に立ち回っていた。

 職員たちが発砲すれば、エステルが水の防御壁を張る。どうやら職員の使う銃は武装看護師のものと同じらしく、エステルの張った壁で防ぐことができた。


「こんなものか」


 エステルは壁を張ったままそう言った。だが、タケルはすぐに背後を含めた状況を理解した。


「いや、本当に厄介なのはガスマスクじゃないあいつだ! 彼、まさか毒ガスを!」


 タケルはすぐさま術式の演算を行い、辺りに散布された毒ガスを無毒化する。気体であるがゆえに時間はかかるし、その間にミッシェルやマリウスは目に見えて押されている。ロゼはすでに意識を失っていた。


「まずい! このままでは――」


 悪いことは重なるものだ。

 天井に空けた穴から、蘭丸とハリスが降ってくる。

 ハリスは周囲の戦況を確認し、すぐさま水蒸気、霧を生成して散布した。


【登場人物紹介】

ケイゴ・ヤヒロ/八尋慧吾

薬剤師で、フィトの部下。イデア使いでもある。フィトの死に心を痛め、報復することを決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ