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2 検査技師マリウス・クロル

 ミュラーは銀髪の男が現れると錬金術の発動――演算をやめる。


「クロルか……確か新入りの検査技師か。こいつのことを頼みたいんだが。霊安室から出てきたようで」


 クロルと呼ばれた男に対してそう言うと、ミュラーは2人と距離を取る。タケルが見るにミュラーはここで戦うことを望まないようだ。


「承知しました」


 クロルが答えると、ミュラーは彼にタケルを任せてその場を去る。

 タケルはミュラーではない、記憶にもない男を前にして硬直する。その男は屈強で、片手でもタケルを抑え込めそうなのだ。だが、タケルもこのままその男に身を任せるわけにはいかない。何をされるかわからないのだ。


 タケルは斧を握りしめ、銀髪の男――マリウス・クロルに突撃。狙いは顎。左側の顎だ。

 斧を振りかぶり、マリウス・クロルの顎を狙ったときだ。マリウスは武器も持たずにタケルに突撃し、押し倒し。タケルに馬乗りになって抑え込むこととなった。タケルが持っていた消防斧はマリウスが取り上げて投げ捨てる。


「おいおい、少し大人しくしてくれねえか? 異例の事態だから検査が必要なんだよ」


 マリウスは困った表情を見せてそう言った。

 タケルから見ればマリウスはまだ怪しい屈強な検査技師Aでしかない。タケルは被験者で、この病棟では人間として扱われることもない。そういうことになっている。2人の立場はこの場での対話を難しくした。


「大人しくして、僕はどうなるんだ。検査? それも怪しい。僕は信用したくない」


 タケルは上から覆いかぶさるマリウスにこう言った。


「ここではそういう決まりってことになってんだ。大人しくしろ、ナロ……実験体25-666-11」


 マリウスの言い間違いにタケルは一瞬どきりとした。この銀髪の検査技師はタケルの本名を口にしようとした。


「行くぞ。地下にも検査室はあるんでね」


 マリウスはいとも簡単にタケルを抑え込んでいた状態から持ち上げ、担ぎ。

 タケルは検査室に放り込まれ、最低限の拘束をされることになる。

 だが、ここでマリウスの化けの皮が剥がれた。


「……よし。お前の攻撃に乗じてここの監視カメラは切って。この部屋での出来事は俺とお前以外知らねえってわけだ」


 マリウスは検査器具を取りながら言う。

 彼の姿を見ながらタケルはまだ震えていた。何をされるのか分かったものではない。体の隅々まで検査されるのかもしれないし、想像もしたくないような屈辱的な扱いを受けるかもしれない。それでも覚悟するしかなかった。


「くそ。好きにしろ。僕はどうせ……」


 ぼやくタケル。


「お前、勘違いしてるだろ。俺は味方だ。あの場ではミュラー博士がいたからあのやり方になったが、本当はもっと穏便に済ませるつもりだったんだよ」


「どういうことだ」


 予想外のマリウスの発言を耳にしてタケルは聞き返す。


「ああなったのはミュラー博士のせいだ。俺はマリウス・クロル。この病棟『転生病棟』の検査技師ということになっている。が、実際は違う。俺の本当の目的は、ここで続けられているクソみたいな研究をぶっ壊すことだ」


 マリウスはそうして自身の素性と、本当の目的を語る。それはマリウスにとっての敵地である『転生病棟』でやるにはあまりにも危険な行為。だが、マリウスはあまり気に留めている様子はなかった。

 さらにマリウスは続ける。


「お前はこの病院から出たいか? もう一度人間として生きたいか?」


 それは人生を奪われたタケルにとっては重い問いだった。

 そもそもタケルはこの病院にいる経緯を覚えていない。院内での記憶もあるが、どれも矛盾している。閉鎖病棟を脱走して、被験者やホムンクルス、燃料用人間を引き連れて病院を脱走しようとしたこと。閉鎖病棟の奥に閉じ込められた青い髪の女と出会ったこと。病棟のどこかにいる謎の存在に会ったこと。その他の記憶も時系列で並べたら必ずどこかで破綻する。

 この記憶はおそらく人間として扱われなくなってからの記憶ではないかとタケルは推察していた。


「人間」


 考えに考えてタケルの口から出たのはその言葉。

 マリウスの問いはタケルが人間扱いされていないことを実感させた。だからか。タケルの中で外や奪われた人生に対しての想いがふつふつと湧き上がった。

 外に出たい。

 もう一度学友や家族と幸せな――いや、これまで普通だと思って来た日々を過ごしたい。


「もちろんだ。『転生病棟』を出たいし、僕は人間として生きたい。僕はモルモットなんかじゃない」


 タケルは決意を口にした。

 それがマリウスに踏みにじられ、病棟で一生を終えることになってもいい。そう思えたのだから。

 すると、マリウスはにいっと笑う。


「よし、それなら俺と一緒に病棟から出るか! 職員用のカードキーがあるなら、病棟から出るくらいはできるはずだ!」


「出られるんだ……」


 半信半疑になりながら呟くタケル。

 目の前におり、検査の準備を進めつつ事情を話すマリウスを信用できるかはタケル自身にもわからない。だが、味方もいないこの病棟で頼れる者といったらそれこそマリウスだけ。信用に値するかもわからないこの検査技師は、この病棟の者たちと敵対することになるだろう。もしタケルが病棟の者たちを敵に回すことになれば――


 タケルが思索を巡らせる一方、マリウスはタケルの検査を始めた。血圧や心拍から、その他血液検査などまで。


★登場人物紹介★

マリウス・クロル

準主人公。転生病棟の検査技師だが、別の目的があるようだ。不謹慎。


ダミアン・ミュラー

転生病棟幹部アイン・ソフ・オウルのひとり。歴史が大好き。


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