27 1階へ行く簡単な方法
1階に降りる階段はすべて封鎖されている。加えて、蘭丸とハリスがタケルたちの行く手を阻んでいる。まさに袋小路だった。
「人間もどきが何か言ってるわ。倒し方は知っているからいいけど」
「だってよ。良かったな、人間もどき」
ハリスはニヤニヤと笑い、エステルの周囲の霧を払う。次の瞬間、蘭丸がエステルに太陽光にも似た光の束を放ちエステルの左脚が灰となった。
「クソ! やりやがった、コイツ! ぶっ殺す!」
次に動いたのはミッシェル。純粋な戦闘用だった頃よりも素早い動きで蘭丸に接近し、蹴りを放つ。すると蘭丸は間一髪で躱し、レーザーを撃つ。ミッシェルは光速で動き、躱す。
直後、彼女の後ろからマリウスが光線を撃った。蘭丸に光線は当たらなかったが、マリウスを見て言った。
「アンタもそうだったわね……」
さらに、蘭丸は白衣のポケットから小さなレンズを出して放り投げ。レンズからレーザーが放たれた。
精度が低くても数が多ければ脅威となる。レーザーのうちのひとつがロゼに向かって進む。が、咄嗟に気付いたグリフィンが庇い、ロゼは無傷。一方のグリフィンの喉から血が出ていた。
いち早く気付いたのはペドロだ。
「2人の相手は頼む!」
そう言って後ろに下がり、グリフィンの傷に触れる。傷の程度を探り、術式の演算を行い。まずは止血、からの傷の修復。
「ありがとう。助かったよ」
と、グリフィン。すぐに彼は敵の方を見た。
先程の光は水の壁を貫通した。蘭丸はレンズを手に持ち、照準を合わせている。その隙を埋めるように今度はハリスが動く。
彼に一番近い場所にいたのはマリウス。マリウスは半分怪獣の姿をとり、ハリスに突撃。そのときだ。
「霧とか湯気だけじゃねえよ、水蒸気は」
そう言ってハリスはナノースの演算を行い、透明な水蒸気を噴射した。それは高熱の過熱水蒸気。マリウスはハリスの攻撃を正面から受ける。彼の能力で軽減はされるが、熱を防ぎきることはできない。周囲に霧が再びたちこめたと思えば、術式が投影され。
「相手が2人ってこと、忘れるんじゃないわよ」
と、蘭丸。
直後、マリウスは氷の刃の直撃を受け、脇腹を貫かれた。血を流し、マリウスは声を漏らした。
だが、蘭丸とハリスが脇腹をおさえるマリウスを見たとき。ミッシェルは体内でエネルギーを爆発させてハリスの背後へ。それも一瞬で。
「たかが下っ端の職員だな。オレらにはかなわないっつーことで――」
「ハリス!」
蘭丸は余裕あるようだったハリスにそう言って、照準を合わせようとする。が、照準が合う間もなく。
「一つだけ病棟に感謝しねえとな?」
ミッシェルはそう言って、ハリスに触れると体内で発生した膨大なエネルギーを放出する。それはミッシェルが燃料用の改造人間となったことで扱えるようになった代物。青白いエネルギーはハリスの頭を半分ほど吹っ飛ばす。
手ごたえはあった。
「まだまだいくぜ」
ミッシェルは不敵な笑みを浮かべると今度は蘭丸を狙う。
蘭丸も投影した術式を演算し、霧の一部は氷の礫へと作り変えられる。が、ミッシェルはそれをすべて持ち前のスピードで躱す。
その様子は蘭丸の神経を逆撫でした。実験体の分際で、しかも戦闘用ではなく燃料用に改造された後天的な『ROSE』が蘭丸とハリスに有効打を与え、攻撃をかわす。不愉快だった。
「なんかやんなさいよ、ハリス! 錬金術師でしょ!」
蘭丸は噛みつくような口調で言った。
すると、ハリスは言う。
「クソが……脳を再生したせいで酔いが醒めちまったじゃねえか」
ハリスは頭の左上を吹っ飛ばされたが、それで死んだわけではなかった。ミッシェルが頭を吹っ飛ばした瞬間から錬金術で頭を再生し始めていた。普通ならば死ぬようなものだが、ナノース持ちの錬金術師はそれで死ぬわけもなく。
その様子を見たエステルはすぐさまハリスに水の槍を放つ。が、ハリスはすぐにそれらすべてを蒸発させ。
「陶酔さえもできやしねえ。やっぱ酒かアイツだな。No.11はどこだ?」
ハリスは言った。
その瞬間だ。
「解析できた! 穴もあけたよ! 1階に降りよう!」
タケルの声。
蘭丸は眉をぴくりと動かし、ハリスは口角を上げる。瞬間、今度はミッシェルが蘭丸に肉薄して拳での一撃。タケルたちから注意を逸らす。
「アンタ……」
「てめえらの相手はあたしだ、クソ錬金術師」
ミッシェルはよろめいた蘭丸にそう言うと、畳みかけるように蹴りを入れる。
そんなとき、ハリスは高熱の水蒸気を放ち、ミッシェルを蘭丸から引きはがした。
「ありがとう、ハリス。にしてもアイツら、一体――」
確かに病棟203号室の前には人が3人ほど通れるくらいの穴がぽっかりと空いていた。それを見るなり、エステルは言った。
「私が先陣を切ろう。下でお前たちを受け止める」
と言って、すぐに穴から1階に飛び降りた。
エステルに続き、グリフィンとロゼが飛び降り、エステルが受け止める。さらにマリウスが続いた。
タケルはその次に、ペドロに降りるよう声をかけようとしたがペドロはいない。いや、ペドロは本格的に蘭丸たちと戦おうとしていた。
「代わるぞ、ミッシェル。俺がしんがりを務めよう」
と、ペドロ。
「あ? お前も1階に行くんだろうが。それに」
「いいから。俺に考えがある」
ミッシェルが反論しようとするが、ペドロはそう言って蘭丸とハリスに少しずつ近づいてゆく。
「あーもう! お前がどうなっても知らねえからな!」
と言って、ミッシェルは踵を返し、穴へ。蘭丸とハリスはそこを狙ってきたが、ペドロが間に割って入る。
すると、蘭丸とハリスは口々に言った。
「アンタ、正気? いくらNo.13候補とはいえ、ナノースもないただの錬金術師が?」
「笑わせんじゃねーぜ、バーカ」
圧倒的な強者の風格を醸し出す2人。それでもペドロは怯まず突撃する。バールにも術式の範囲を広げた。そうして、手始めに蘭丸へと襲い掛かる。
「随分となめられたものね」
と、蘭丸。再び照準を合わせ直すのだが、時間はとられる。それを補うようにハリスが高熱の水蒸気を噴射する。と思えば、偶然照準が合ったところに蘭丸の術式が投影され、氷が乱舞する。2人の常套手段だった。
だから――いや、ペドロは最初から決めていたのだろう。蘭丸とハリスの間を強引に突破する。霧が深くとも、関係ない。ペドロは自身の知っている道を走るのだ。
「おい、意味あんのかよ。あの野郎、どうせ下には降りられねえってのによ」
ハリスは言った。
「違うわ。きっとアイツはアタシたちの戦力分散を図っているの。とはいえ、アイツの戦闘力はたかが知れている。ならばアタシたちのやることはわかりきっているでしょ?」
と、蘭丸。
さらに、2人は当然この病棟の戦力が蘭丸とハリスだけではないことを知っている。わざわざペドロを追う必要などないのだ。
「だな。ひとまず、ペドロとかいう反逆者はラオディケかガネットに任せるか」
ハリスは言った。
少し時間を取られたが、蘭丸とハリスも穴へ。
戦いの舞台は病棟1階へ移る――




