26 病棟2階
タケルたちは階段を駆け下りる。転生病棟の階段は1階にも通じていたが、そのときにはすでに封鎖されていた。
「やはりか。連絡がいっていれば確かに階段は封鎖されるだろう。別の階段か、あるいは……」
封鎖された階段を見てペドロは言った。
時間がたつほど病棟側は準備が整うだろう。蘭丸も追ってきているというわけで、タケルたちは病棟2階の廊下に出た。
病棟2階はタケルたちにとっても見覚えのある場所。ここでミッシェルを解放し、アイン・ソフ・オウルの1人を討ち取った。だが、タケルたちがいちど負けたのもここだ。
タケルたちはマリウスを先頭にして2階の廊下を進む。やはり一行の前には武装看護師が立ちはだかる。それだけではなかった。
2階の廊下を霧のようなものが覆っていた。当然、タケルたちの視界は悪くなる。
「動かずに撃て!」
霧の中、武装看護師たちは発砲する。が、その対処法にもエステルは慣れていた。エステルはタケルたちを取り囲むように水の壁を展開。銃弾を防ぐ。
「俺なら大丈夫だ。錬金術師だからな」
さらにペドロがそう言って見ずの壁の範囲から出る。そうして、吶喊。近くにいた武装看護師をバールで殴りつける。銃弾を受けようとも、錬金術を自身に使うことで致命傷には至っていない。
確実に敵は減っている。
勢いづいた中、マリウスは言った。
「続くぞ! ペドロの作ったチャンスを無駄にするな!」
確かに霧は深く視界は悪いが、気にしてはいられない。エステルとタケルとペドロがいるのだ。
一行は少しずつだが、前に進む。グリフィンはタイミングを見て病室を開け、患者――被験者を解放する。
「確実に助かるとは限らないが、これはチャンスだ! 君たちが人として生きるチャンス。病棟の所有物でも実験動物でもない、人間として!」
と、グリフィン。
そのときだ。レーザーがグリフィンの顔を掠め、彼の横髪を切り落としたのは。
グリフィンはレーザーの方向を見て言った。
「彼か……追ってくるのは当然のことだけどね」
「余計な事やってんじゃないわよ。しかも『ROSE』まで連れちゃって」
その声とともに霧の外側から現れたのは蘭丸だった。これまで表情をほとんど見せなかったというのに、打って変わって険しい表情を見せる。
蘭丸は白衣の袖に隠し持っていたレンズを取り出すと、光を放った。いや、霧に術式を投影した。
すると、投影された箇所から氷の塊が生成され、タケルたち全員に向かって降り注ぐ。
「不届き者がどうなるか身をもって経験しなさい。実験動物の分際で」
乱舞する氷の塊を前に、蘭丸は冷徹な口調でこう言った。
乱舞する氷の塊はタケルたちの皮膚を裂く。その痛みにタケルは表情を歪める。痛いだけではないのだ。傷口が凍り付くよう――
「この攻撃に当たっちゃ駄目だ! 凍傷になる!」
と、タケルは叫んだ。
すぐに気づいたタケルに対し、蘭丸は不愉快な様子も認める様子も見せなかった。
確かに蘭丸は生成した氷の塊にさらに術式を投影し、抉った者の傷から凍結させるように仕込んでいた。
「ならば……」
ここで動いたのはエステルだった。彼女は水の防御壁を動かし、氷の塊を受け止めた。が、それはすぐに凍り付く。エステルは再び氷の塊を水で受け止め。
きりがない――このままではタケルたちはここで足止めされることとなる。少し動こうとすれば今度は武装看護師やハリスが待ち受けている。
「待て、タケルとエステル。俺にいい考えがある。全員耳を塞げ」
手詰まりのようにも感じられる中、マリウスは言った。
直後、彼は完全に怪獣の姿となり。タケルたちが耳を塞いだことを確認し――
咆哮。
人間の姿の声とは全く異なる声で、爆発のような音圧で。
病棟全体がビリビリと振動する。この瞬間、知っている者は誰でも音が振動であることを思い出すのだ。
マリウスの咆哮で、フロアにいた職員は蘭丸とハリス含めて全員が押され、怯み、人によっては失神した。
マリウスはすぐに元の姿に戻る。
「そのまま駆け抜けるぞ!」
マリウスが言うと、タケルたちは頷いた。
そうして一行は病棟を走る。武装看護師たちは大半が失神しているか、腰を抜かして動けない。
3階から降りてきてすぐの廊下から、まっすぐに走り。動けない武装看護師を気にとめず、廊下の突き当り付近――ナースステーション近くで曲がる。その近くにも階段はあるはずだ。が、考えが甘かった。
「クソ。ここの階段も封鎖されてやがるぜ」
ミッシェルは吐き捨てるように言った。彼女の言う通り、1階へと続く階段は向こう側が見える謎の壁で封鎖されている。それを見たペドロは壁に触れ、錬金術で破壊しようと試みる。が、それは意味がない。術式を作用させないための術式が記録されているのだ。
「おいおい、何無駄なことやってんだよ。階段を塞ぐ素材が錬金術阻害の素材でできてるってこと、知らねえのか?」
霧の中からハリスが現れ、瓶に入った消毒用アルコールを飲み干して言った。
彼の右手の平には『7』と刻まれている。彼もタケルと同じくナノースを移植されたのだ。
「無理だと言われていることをやってこその錬金術師だ。それはタケルも同じだ」
と、ペドロは言う。
すると、レーザーが彼を掠めた。
タケルとペドロが視線を移せば、その先には蘭丸がいた。
「すべての階段を封鎖したわ。アンタたちはもう袋の鼠ってわけ。理解しなさい」
蘭丸は言う。
すると、タケルが反論した。
「死ぬまでどうなるかわからないだろう? いや、死んでもわからない。その証明が僕だ」
タケルの言葉は確実に蘭丸の神経を逆撫でした。
「まあいいわ。全員殺すわよ」
と言って、蘭丸とハリスが戦闘態勢に入った。
霧が再び濃くなり、霧に術式が投影される。直後、氷の刃が放たれる。タケルはそれをよけ。
「病棟の術式を解析して床に穴を空ける! それまで持ちこたえてくれ!」
タケルは言った。彼の考えに気づいたのはペドロ、蘭丸、ハリス。すぐに蘭丸はタケルにレーザーを撃った。すると、エステルが前に出て水のバリアを張り。
「どういうことか知らんが、持ちこたえればいいのだな」
エステルと蘭丸の目が合った。
「人間もどきが何か言ってるわ。倒し方は知っているからいいけど」




