22 盗み食いからのゲロとは
「培養槽の強度は知らん。ただし、私は化物。ならば私という化物の力を今使うべきだ。そうだろう?」
エステルは続けた。
かなり強引な方法ではあるが、理にかなってはいる。
「やってみる価値はある。近くの培養槽で試してみよう」
タケルは言う。
エステルとタケルは一番近くの培養槽前に移動する。
中の少女はロゼそっくりで、穏やかな顔で眠っている。消費されつくして衰弱死した少女とは異なり、培養槽の中の少女はすぐにでも目を覚ましそうだ。が、時折電気を通されたかのように痙攣する。そのたびに培養槽は淡い青色の光を放つのだ。
「いくぞ。あなたは離れていてくれるか?」
エステルはそう言うと培養槽の前に立ち。タケルが離れたことを確認すると、ハンマーを思いっきり振り抜いた。
ガッシャーン、というガラスの割れる音が『ローズ・プラント』内に響き渡った。
ガラスは大きく割れ、特異臭のする培養液が流れ出る。コードと拘束具で繋がれた少女は、培養液の抜けた培養槽の中に横たわっていた。
タケルはすぐに少女に駆け寄り、脈を見た。
「……死んでる」
少女には脈も呼吸もない。瞳孔も開ききっている。安らかな顔だが、タケルが確認した限りでは一切の生命活動が停止していた。
タケルはアカデミーで習ったのと同じように少女に心臓マッサージを試みる。が、意味はない。少女の鼓動も呼吸も戻ることはない。
「管理者を生かしておけば彼女たちについて聞けたのか……」
エステルは呟いた。
「恐らく。せめて資料があればね」
タケルはそう言って立ち上がる。
マリウスたちと合流しよう。タケルとエステルは職員詰所へと向かった。
職員詰所ではマリウスたちが部屋の様々なものを調べた。まずは少女たち――『ROSE』の管理マニュアル。決まった日、決まった時間に『ローズ・プラント』のコアに液体食料をセットすることなどが書かれていた。
それを読んでマリウスはロゼに尋ねる。
「ロゼは何を食ってたんだ?」
「えーと……」
ロゼは何か迷った素振りを見せる。だが、ロゼは冷蔵庫を開け、中に入っていたゼリータイプの液体食料を取り出して見せる。
「これ、飲んでた。甘くておいしーやつ」
ロゼが取り出したものには『ROSE 液体食料』と書かれていた。
さらにロゼは液体食料をミッシェルに押し付け、冷蔵庫に入っていた飲み物――タピオカミルクティーを取り出して、ストローを刺して飲み始めた。
「こら、ロゼ! 誰のか分からないものを飲んじゃ駄目だ!」
マリウスがそう言った時だ。ロゼの顔色が悪くなり、ロゼは盗み飲みしたタピオカミルクティーを吐き戻した。
「オロロロロロ……」
「まあ、ロゼは何も知らないし恐らく液体食料以外口にしたことがないからね」
ロゼの傍ら、グリフィンが苦笑しながら言う。
そんなとき、タケルとエステルが戻ってきた。
「どうだったかい?」
グリフィンは尋ねる。
「だめだったよ。培養槽を割ることができても、助けた女の子は死んでしまう」
と、タケルは首を横に振る。
「こっちでもそこそこ情報は集められたけど、少女たちの肝心なところがわからない。マニュアルを見ながら、ロゼのころも含めて情報を持ち出そうという話になってね」
グリフィンがそう言うと、マリウスとミッシェルも頷いていた。
「なるほど。それならばタケルやロゼのこともわかるな」
と、エステル。
タケルも欲しい情報があった。
「ここを漁ってたらパスワードを手に入れたから職員用の通路から侵入しようぜ」
時は少し遡る。
キイラがその死に際に転生病棟の機能を一部停止させた頃。4階のバックヤードにいた蘭丸とハリスはそれにいち早く気づいた。
「はァ!? 装置が全部停止した!?」
蘭丸は実験用の装置を前にして声を上げた。すると、ハリスは端末を確認して言う。
「クソ……端末から確認した限りキイラがやったみてえだぞ。地下で何があったかは知らねえけどな」
「キイラのカスめ……本っ当に余計な事ばっかりするじゃないの。ありえないわ!」
取り乱す蘭丸。
タケルたちの反乱を鎮圧した後、蘭丸とハリスは患者の見回りと実験に戻った。しばらくは平穏に実験を進めていたのだが、キイラの独断ですべてが一変したのだ。
「おう、オレも飲まねェとやってられねェ気分だ。消毒用アルコール、飲んじゃ駄目か?」
と、ハリスは消毒液のボトルを手に取った。
「駄目に決まってるでしょ。アンタ、どれだけ院長やムゥに直談判したと思ってんの」
蘭丸が苦言を呈すも、ハリスは聞こえないふりを通す。
「そうそう、蘭丸くんの言う通り。酒は寮に戻ってから、だろう?」
その声を聞き、蘭丸とハリスは声の方向を見た。
そこにいたのは、ピンク髪で色付きのサングラスをかけた細身の男。彼の手の甲にはバーコードが印字されており、一目で実験体であることがわかる。
「てめェに言われるのはムカつくが」
「ええ、正論よ。ムゥ」
苛立つハリスを遮るようにして蘭丸は言った。
声の主は木暁東。蘭丸やハリスと同じくアイン・ソフ・オウルの一員。特に発言力のある人物だった。
「で、アタシたちの研究室に何の用? 魂の転移実験なんてアンタの研究とあんまり関係ない気がするわよ」
蘭丸は続ける。
「あー、それはだな。研究とはあまり関係ない。情報網がほぼ死んだからね、直接伝えにきた。2人には反逆者の鎮圧を頼みたい。私たちも協力しよう」
ムゥは言った。
「アンタの力を借りずに済むよう、努力するわ。にしても、監視システムのネットワークまで死んだのはさすがキイラって感じよ」
と言って、蘭丸は踵を返す。ハリスもそれに続いた。
「私が思うに今回の反逆者は一筋縄でいかないだろうな。私やラオディケが介入すれば容易いだろうが……」
蘭丸たちが見ていない中、ムゥは意味深な表情を浮かべた。
【登場人物紹介】
木暁東
アイン・ソフ・オウルの一員。マンカインドΩを研究していた張本人。転生病棟の職員でも古参で、ご意見番ともいうべき発言力がある。




