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1 霊安室で目覚めて

1話のみタケルの一人称視点です。重要人物に出会ったら三人称視点に変わります。

 ……ここはどこだろう。

 目を覚ました時、僕はベッドにしては硬い台の上にいた。周りはひんやりしており、どこか無機質で生きた人間がいるべきではない場所のよう。だが、どこか心地良く、母の胎内から生まれたような感覚だった。


 情報を整理しよう。

 僕はナロンチャイ・ジャイデッド。普段はタケルと呼ばれている。錬金術を学ぶ学校――錬金術アカデミーに在学している。上級生オリエンテーションを終えてバスで寮へと向かっていた。途中、包み込むような眠気に襲われどこかで意識を無くしていた。気がつけばここで、全裸で眠っていた。

 なぜ僕がここにいるのか、自分でもわからなかった。というか、記憶がはげしく混濁していて何が現実で何が夢かもわからなかった。が、どうにも夢だとしてもそれで終わりではないような気がする。


 倦怠感が凄いが、とりあえず体を起こしてみる。

 ――痛い。

 全身が筋肉痛になったようで体を動かすのもしんどい。さらに周りを見てみれば死者を供養するようなものがあるし、近くには解剖用の器具なんかもある。この状況からして、どうやら僕は一度死んでいたらしい。だが。


「僕は生きてる……」


 左腕に『11』と刻まれてこそいるが、僕の心臓は間違いなく動いているし、息もしている。鏡に映る僕の瞳孔は開いてなどいない。

 本当に僕は生きている。


 さて、生きているからにはこの寒い部屋から脱出したい。服を着ていない今の状況もどうにかしたい。

 僕は手当たり次第、この部屋を探索することにした。


 霊安室にはなぜか仕事用のデスクがあった。少し前まで誰かが作業をしていたのか、開いたままのノートとペンが置いてある。ノートを覗いてみれば、僕の読める言語でこう書かれていた。


 [ディエゴ・コロナード 不適合。死亡 2/4

 マイク・レミントン 不適合。死亡 2/5

 ナロンチャイ・ジャイデッド 適合。意識消失、衰弱後死亡 2/10

 ミッシェル・ガルシア 適合]


 ミッシェルの名前の後で記録は途絶えている。

 この記録の意味するところはわからなかったが、僕が一度死んだということはほぼ確定だ。


 僕が死んだ経緯については後々詳しくわかるだろう。そんなことより、寒い。服が欲しい。

 ちょうどデスクの前の椅子には畳んだ白衣がかかっていた。裸に白衣という意味のわからない格好にはなるが、全裸よりましだ。僕は白衣を拝借した。


「白衣……」


 それはもし僕が普通の錬金術学生ならば別の形で袖を通していたもの。それこそ、一端の研究員として、医者として、その他の職業として。

 そんな未来を僕は奪われたらしい。


 未来を奪われた苛立ちを抑えながら、僕は霊安室のあちらこちらを調べてみる。

 解剖台の下にはある人が残したメモが落ちていた。


【データが足りないので私は何度でも時を巻き戻す。

 すべては繰り返し実験のため。

 世界を対象とした実験は対照が作りづらく

 平均値も出せない。

 だが私ならできる。

 私なら、終末理論を実証できる――】


 意味がわからない。それでもある人のメモはとても重要なものである気がした。僕はメモを拾い上げ、白衣のポケットに入れた。


 その次に見たのはキャビネットの中。そこには不用心にも鍵が入っていた。どこのとも知れないものだが、念のため取っておく。

 さらに横の箱には『マスターキー』と書かれており、開けると消防斧が入っていた。これを使えば。


 僕は消防斧を取り、外側から鍵のかけられたドアを開けるべく斧をドアに叩きつけた。

 ドアにはヒビが入った。

 この調子でいけばじきにドアは破壊できる。

 僕は斧でドアを壊すのだが。


 ドアが破壊されたところで警報が作動した。

 火災警報か、はたまた別の警報か。

 斧でドアを壊したときの感覚が消えないまま、警報が響く。


 まずい。


 僕は耳を澄ませて様子を探る。

 足音が近づいている。僕は訓練を受けた人間ではないから何人かはわからない。だが、僕に危険が迫っていることはわかる。

 どうする――?


「君は……」


 見たことがあるようなないような白衣の男が僕の前に現れた。


 見つかった。

 僕は咄嗟に身構える。錬金術は戦闘への応用もできるが相手は本職の錬金術師で僕は学生。勝てるのか、いや、逃げられるのか?


「霊安室からか……! 死亡診断がガバだったか!?」


 その男は言う。

 白衣につけていた名札にはDamian Müller――ダミアン・ミュラーと書かれていた。僕はこの名前に覚えがある。いつ会ったのかもわからないが、ミュラー博士とは会ったことがあるように感じた。


「……ミュラー博士」


「なぜ君は僕の名前を知っている……!? 君の担当医は僕じゃなかった」


 ミュラー博士は戸惑っているようだが、それならば都合がいい。僕は斧を持ってミュラー博士に突撃。とりあえず足を潰せば逃げることそのものはできる。

 だが、記憶が邪魔だ。どれが本当の記憶なのか分からない。僕は錬金術学生だったし、この病院でずっと過ごしていたような記憶もある。それらの記憶が僕の中で渦巻いて術式の演算を妨げる。そうしなければ錬金術なんて発動できないのに――


「少々おイタが過ぎるようだな……君は自分の立場というものを」


 ミュラーはそう言うと論文が印刷されたであろう紙をまきちらした。それが意図的なのか偶然なのか。それは僕の知るところではないが――


「わきまえてくれ、実験体25-666」


 散らばった紙から発動する錬金術。これは一体。

 なんて思っている暇はない。多分僕はこれで殺される。

 そう思っていた。


「あああ!? こりゃ何事だ!? ミュラー博士! 実験体が逃げ出した案件ですかねえ!?」


 取り乱しながら1人の男――白衣を着た銀髪の屈強な男がやって来た。

 僕は彼に人生を変えられるなんて、まだ知らなかったんだ。


★登場人物メモ★

ナロンチャイ・ジャイデッド/タケル

主人公。錬金術学生のはずだったが、なぜか霊安室で目覚めた。

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