15 やばそうな生物に襲撃された
再教育施設の職員は殺され、あるいは投降した。それ自体はキイラの予想の範疇であった。
ここはエレベーターが到着し、地下牢のある空間に入るための前室。ここでセキュリティチェックがなされ、さらにはモニターから中の様子も確認できる。
「大丈夫なのか……? 6人相手だぞ」
パーシヴァルはモニターを見るなりそう言った。
「言ってなかったっけ? 私の体内に賢者の石があって、私ひとりで何人分かの力があるって。しかもあの生体兵器も紅石ナイフの成分を青色の燃料、オブジェクトΩと混ぜたものを人間に投与した特別製。まあ、相手があのアイン・ソフ・オウル崩れだからなんとも言えないんだけどね」
と、キイラ。
アイン・ソフ・オウル崩れとは、タケルのこと。キイラはタケルのことをそれなりの強者として見ていた。そうしなければナノースの開発者――院長カノンを信用しないということにもなりかねないのだ。
あくまでも傍観に徹し、感情を見せないキイラ。彼女にパーシヴァルは恐怖を覚えていた。ナノースによってそうなったのか、元からそうなのか、パーシヴァルの知ったことではない。
「そうか、俺は知らない」
と言ってパーシヴァルは再びモニターを見る。
そこには戦っているタケルたちが映っている。当然マリウスも。だが、予想外の人物がひとり。
赤髪の少女で、彼女は間違いなく『ロゼ』と呼ばれた。
パーシヴァルは動揺した。
「ロゼ……!?」
因縁ありげな様子のパーシヴァル。彼は戸惑っているのだ。
「ROSEを知ってる?」
キイラは戸惑うパーシヴァルに尋ねた。
「名前は知っている。だが……こんな子供がロゼなのか……? 俺の聞いたロゼはこんな子供じゃない。聞き間違いか。そうだよな、モニター越しだ」
答え、無理に納得しようとするパーシヴァル。そんな彼をキイラは不思議なものを見るような目で見ていた。
「どういう表記のロゼか知らないけどね、知ってるならそれ相応の対応があるんじゃないかな。上からの」
キイラがいうと、パーシヴァルは軽く頷いた。
放たれたマンカインドΩはすぐさまマリウスに飛びかかってきた。マリウスは飛びかかったそいつの顎を殴り、マンカインドΩはのけぞる。今はマリウスを襲うべきではないと学習して、今度は女性職員に狙いを変えた。
「ひっ! 来るな! 化け物め! お前たちも助けたらどうだっ!」
女性職員はそんな声を上げる。タケルとマリウスが動き、助けようとしたが――
遅かった。マンカインドΩの右手が女性職員を押し倒し、左手が彼女の喉を引き裂く。悲鳴を上げる隙も与えられず、女性職員は絶命。マンカインドΩは女性職員の遺体を貪りはじめた。内臓も血もぶちまけられて、あたりに生臭さが立ち込める。
「にしても、病棟の連中……こんなヤツまで作っていやがったのか。いや、生体兵器の話は聞いていたが、まさかこんなヤツだとは」
マリウスは眉根を寄せてそう言った。
「……どうするんだ」
その様子を見てタケルは言う。
生体兵器マンカインドΩはいずれタケルたちを襲うだろう。
そんな中で、マンカインドΩの殺意の矛先はグリフィンに向いた。そいつはグリフィンにとびかかる。グリフィンは攻撃をかわし、マンカインドΩを水にしてしまおうとした。が、彼の能力は決定打となりえない。生きているものには意味をなさないから。
「いやあ、困ったね。僕はこいつに対して無力らしい」
と言って、グリフィンはマンカインドΩの攻撃を受け流す。無力と言っても、素早いマンカインドΩのこうげきをきっちりと躱していた。グリフィンはほんの少しの余裕を残していた。その理由は彼とは異なるところにある。
余裕を残したグリフィンに対し、ミッシェルも言う。彼女にも彼女なりの策があるらしく。
「じゃ、戦えるヤツが戦えばいいじゃねーか。あたしみたいに」
今度はミッシェルが吶喊し、マンカインドΩの注意を引いた。
マンカインドΩは血に飢えた瞳をミッシェルに向ける。普通の人間であればその目に怯むかもしれないが、ミッシェルは違う。彼女もまた、マンカインドΩと同じ生体兵器なのだ。
「いくぜ、クソ獣! 兵器としての格の違いを見せてやんよ!」
と言ったミッシェルはマンカインドΩとの距離を一瞬にして詰める。そうして、蹴りを入れる。マンカインドΩは言葉にできないようなうめき声をあげてのけぞる。
ミッシェルは有利を確信し、にいっと笑う。
「ミッシェルに続くぞ!」
ミッシェルが戦いの流れを作れば、マリウスとタケルがそれに続く。
マリウスはイデアを展開して怪獣に変身した。からの、口にエネルギーを集めて放つ。強いエネルギーを持った光線はマンカインドΩを貫通するかに思われた。だが。
「ヴヴ……ッ!」
マンカインドΩは光線を躱した。ミッシェルも慌てて光線を躱し、光線は地下牢の壁に命中。そこから白煙が上がる。
光線を躱したマンカインドΩはエステルにとびかかる。
「来るか」
エステルは表情一つ変えずにマンカインドΩに向き合う。直後、生体兵器は鋭いかぎづめでエステルを切り裂いた。吹き上がる鮮血。タケルは無意識に動いたが――
「大丈夫だ! 来るな!」
エステルは言った。
彼女が言うと、すぐさま彼女の身体は再生し始めた。錬金術とはまた違ったように。
肉体を再生するエステルに、マンカインドΩは手足のかぎづめでの攻撃を加えるが、エステルはそれらをすべて片足で防ぐ。傷つけられ、血を流しても変わらない。
彼女はまさに人外だった。
来るな、とエステルは言ったが彼女の言葉を無視した者がひとり。ミッシェルだった。ミッシェルはマンカインドΩの背後をつく形でそいつに蹴りを入れた。
「守るだけじゃジリ貧だろ。あたしも戦うからさ、手出し無用はナシだぜ」
と、ミッシェル。
「そうだな。やろうと思えば私一人でも十分だったが、一緒にやるか」
エステルは答えた。
その直後、マンカインドΩは再び立ち上がり、より脆いミッシェルに向かっていく。やつの行動を見逃さなかったエステルは、水の塊を作り出したと思えばマンカインドΩに放つ。そうやって注意を引こうと試みた。
「相手は私だ。ミッシェルには手を出すな」
マンカインドΩは足を止め、エステルの方へと振り返る。紅い虚ろな瞳だが、そこには確たる敵意と殺意があった。恐らくやつは見るものすべてに敵意と殺意を抱いている。
マンカインドΩが足を止めた後、再びミッシェルは攻撃に入る。が、このときミッシェルは以前と比べると自身の力が落ちていることを感じ取っていた。これでマンカインドΩに勝てるのか――
「クソが……あの手術のせいか」
攻撃する瞬間、ミッシェルはそうして毒づいた。マンカインドΩに攻撃が通っても、以前のようには戦えていないようなのだ。
自身に対して、自身の置かれた境遇に対しての怒りを抱えつつ、ミッシェルはマンカインドΩに蹴りを入れた。
その瞬間、この場にいた全員が予想していなかったことが起きる。
「サッキカラ……ナゼ……!?」
マンカインドΩが言葉を発したのだ。
生体兵器マンカインドΩは、もともと人間だ。人間にあるものを投与し、処置を行ったなれの果てがマンカインドΩである。その過程で言葉など失われたはずだが、そいつは言葉を発した。
地下牢の6人は困惑した。
【用語解説】
マンカインドΩ
生体兵器。人間にいろいろ投与した代物。
紅石ナイフ
吸血鬼になるためのアイテム。賢者の石の失敗作。
賢者の石
完全物質。一部の錬金術師が作った伝説上の物質。あらゆる術式を再現でき、錬金術師のスペック以上の術の行使が可能。洒落にならない汚染を発生させるが、非金属から金を作ることもできる。
ROSE
燃料用ホムンクルスまたは実験体。
『ロゼ』と『ROSE』ではイントネーションが微妙に違うと思っていただければ大丈夫です。




