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14 マンカインドΩ

 エレベーターは地下2階に止まった。地下牢は地下3階だが、キイラは気にせずエレベーターを降り、パーシヴァルは困惑しながらそれに続く。


「ねえ、パーシヴァル君。この下で実験体25-666-11が仲間を引き連れて脱走したんだって。ちょうどカイロンの職員が来ていたみたいで戦闘になっているんだけど」


 エレベーターを降りたところでキイラは言った。

 彼女の言うカイロンとは、再教育施設のこと。さらにそこから職員が2人やってきて一足先に地下牢で戦っているのだそう。

 それらはすべて、キイラが小型タブレットで見ていたことだった。


「俺たちが行かなくていいのか? 脱走を放置すべきではないだろうに」


 と、パーシヴァルは言う。

 すると、キイラはどこか得意げに言った。


「違うって。私はね、脱走者を鎮圧するための秘密兵器を取りに来たんだ。知らない? マンカインドΩ。この病棟で極秘に研究していたアレ」


 キイラの言葉を受け、パーシヴァルは目を丸くしていた。当然パーシヴァルはマンカインドΩのことなど一切知らされておらず、その名を聞いたのはこの場が初めてだった。

 2人は無機質な廊下を歩き、厳重に閉ざされた扉の前に立つ。ここはアイン・ソフ・オウルでも限られた者しか開錠することができない場所。キイラはそのうちのひとりで、彼女は定められた場所にカードキーをかざす。すると、今度は生体認証装置が作動し、キイラは装置に自身の目の虹彩を読ませた。

 重い扉は開錠されて開く。その先には電子鍵で施錠された檻。檻の中には人とも獣とも魔物とも思えるような「何か」がいた。


「パーシヴァル君に問題です。こいつら、なーんだ?」


 キイラは乾いた声で尋ねた。

 彼女が問う「何か」はパーシヴァルの見たこともないものだったが、キイラの話の文脈からパーシヴァルは察していた。


「これがマンカインドΩってやつか。相当厳重に保管されているようで」


 パーシヴァルは顔をしかめて答えた。


「正解。私もこの研究をしているわけじゃないからわからないんだけど、マンカインドΩは生体兵器として使われてて、素体は人間なんだよね。この研究を担当しているのは確か、ムゥさんだったかなあ」


 キイラはそう言った。

 彼女の言うムゥとは、木暁東(ムゥ・シャオドン)のこと。彼もパーシヴァルやキイラと同じくアイン・ソフ・オウルの一員で、かなりの権限を持っている。マンカインドΩに関係することもそうだ。


「で、このマンカインドΩ。死ぬほど強いんだよね。ちゃんとタイミングを見て投入しないとこっちもやられるかもしれない。とは言っても、私はアイン・ソフ・オウルもナノース持ちも信頼しているから25-666-11がこいつを倒しかねないなって。ね、パーシヴァル君」


 さらにキイラはそう続け、笑っていない眼差しをパーシヴァルに投げかけた。穏やかで狂っている彼女の眼差しはどこか突き刺すよう。

 このときからだろうか。パーシヴァルがアイン・ソフ・オウルの他のメンバーとの間に壁を感じるようになったのは。


「このマンカインドΩを脱走者にけしかけるってわけか」


 パーシヴァルは自身の感情を抑えつつそう言った。

 価値観が比較的一般人に近いパーシヴァルは、自身が組織としておぞましいことをしているのだと実感していた。恐怖を抱いていたのである。


「まあ、そうなるよねえ。今の状況だとね、ちょうどあの2人が戦ってるみたいだよ。多分あの2人は勝てないから急いだほうが良さそうだ。檻ごと下のフロアに下げるから、パーシヴァル君は見張りをお願い」


 と言って、キイラは檻の隣の装置にカードキーをかざし、指紋を読み込ませる。

 すると、マンカインドΩの閉じ込められた檻はごごご、と音をたてて下へ。ちょうど地下3階の地下牢の上に檻がくるようになっているらしい。

 誤作動なく動いたことを確認すると、キイラはタブレットで地下牢の様子を見た。このとき、キイラは完全に真顔になっていた。


「まあ、苦戦することはわかってたけどね。こうもあっさりやられるなんて。特にこのグリフィンってヤツ。イデア無しって記録してたけど、詰めないと」


 と、キイラは言った。

 今日のキイラはいつもに増してよく喋る。話すことの内容が内容ということもあり、パーシヴァルは彼女の隣で辟易していた。


「行くよ、パーシヴァル君。ちょっとあの職員じゃ力不足すぎる」


 2人はエレベーターに乗り込み、地下3階――地下牢へ。

 開いたエレベーターから前室を抜けてその先へ。戦いの場はそこだ。




 地下3階、地下牢。

 再教育施設カイロンの職員2人を相手にしたタケルたちはそれなりに優位に立ち回っていた。


「いいことを思いついたよ」


 男性職員の振るうこん棒を振り払いつつグリフィンは言った。男性職員は衝撃で吹っ飛ばされてのけぞっている。


「どういうこと?」


「こいつらのうち、どちらかを捕まえて話を聞き出そう。再教育施設にも興味がある」


 と、グリフィンは言う。そんな間にも男性職員はグリフィンに向かってくる。が、グリフィンは男性職員の持ったこん棒を水に変えた。


「はい、これで君は丸腰だね。投降するなら今のうちだよ」


 グリフィンは優しい表情を男性職員に向けるのだが。


「……実験体の分際で何を! お前もいずれ再教育を受け、あるいは処分されるはずだった! それは今も変わらん!」


 と言って、男性職員はイデアを展開。それは鎌を持った死神のビジョン。グリフィンは軽く恐怖を覚えたが、それは一瞬。彼が死神のビジョンを恐れない理由はここにいた。


「やらせはしない。僕にはタケルがいるから!」


 男性職員の死神のイデアをものともせずに、グリフィンは男性職員との距離を詰め。心臓を蹴りつぶした。

 血こそ出ないが、心臓に大きな衝撃を受けた男性職員はその場に昏倒した。いや、絶命していた。彼の体内では心臓が破裂していたのだ。


「……残念。タケル、そっちはどうだい?」


 グリフィンはタケルたちの方――女性職員を見た。

 そこには、女性職員を力で押し倒したエステルの姿があった。


「黙って投降すれば今ここでお前は死なない。私はマモニ族、北では魔族と呼ばれている化け物だ。従わなければお前を今ここで食い殺す。私は、人を食らう化け物だ」


 と、エステルは女性職員に向かって言う。

 緑色の双眸には確かな意志と、化け物の狂気があった。美しくも恐ろしかった。


「いいでしょう。私は賢明ですので」


 女性職員は強かな笑みを浮かべつつそう答えた。

 そのときだった。


 がたん、と天井から音がした。かと思えば、床に何かが着地。さらにはタケルたちの耳に、何かのうなり声と荒い息が入る。


 毛むくじゃらの身体。深紅の双眸。かつて人だったかのような姿。口には鋭い牙が生え、よだれを垂らしている。四肢は人間のようでありながら、平爪があるはずの部分はすべてかぎづめに置き換わっている。


「ふー……ふー……」


 やつは、タケルたちに狙いを定めた。



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