13 地下室について
ミッシェルを解放したグリフィンに、眠る彼女を抱えるエステル。タケルとエステルは近くの様子を確認するが、特筆すべき敵はここにはいない。
「短期間とはいえ職員をやってたんだが……よくわからねえ作りだな。まさか病棟にもこういうところがあったなんて、いや、そもそもここは病棟か?」
マリウスはタケルたちの方を見て言った。
タケル、マリウス、ミッシェルは意識を失った状態でここ、地下牢に放り込まれた。3人がどうやってここに来たのか、知る由はない。
「それにしても状況がよくわからない。病棟の職員と戦ったら増援が来て、負けて。ここに放り込まれたわけだけど。僕たちがここに来たときのこと、わかるかい?」
と、タケルはグリフィンたち――元から地下牢にいた3人に尋ねた。すると、グリフィンが何かを思い出したかのように言う。
「あー……よく見えなかったけど幹部っぽい人が来たときがあったんだ。そのときに君たちが連れて来られたんじゃないかな」
「憶測でも情報があるのはありがたいな。少しこの地下牢のことを調べてみるか。俺とタケルで見て回ろう。グリフィンとエステルはミッシェルたちを頼む」
グリフィンの言葉を受け、マリウスはそう言った。
そうしてタケルとマリウスは独房のある空間を見て回る。
この地下牢は病棟の1フロアの半分程度の広さ。その中に12の独房と倉庫、詰め所、謎の扉があることだけはわかった。マリウスは詰め所のドアがなぜか開いていることを確認して中に入る。
詰め所にはデスクと椅子、事務に必要なものと武器が入ったガラスケースがあった。デスクの上にはノートやペンにカレンダーが置かれており、使っていた人物がいることが見て取れる。マリウスは引き寄せられたかのようにノートを開く。そこには、こう書かれていた。
――12月8日。
カサンドラ・ロカを処分した。魂の融合実験で精神をすり減らし、以前のような彼女でなくなったことは私も気づいていた。それでも私は彼女を生かそうとしたが、アルトー医師は処分を命じた。わかっている。彼女が生きていることがこの転生病棟にとって損失にしかならないことも、もはや彼女を魂の転移実験に使うことができないことも。それでも彼女の生存のために手を尽くしたことは私のエゴだ。
――12月17日。
マリウスはノートに書かれたものを読み、ごくりと息をのんだ。少し落ち着き、マリウスはタケルを呼んだ。
「タケル! 来てくれ!」
マリウスの切羽詰まったような声をきき、タケルはすぐに詰め所へ向かう。
タケルが詰め所に入ると、マリウスは言った。
「俺は転生病棟の職員を3か月くらいやっていた。俺がいたときにもこのノートを書いた人物はいたし、カサンドラという被験者も確かにいた。だとすると、ここは転生病棟で間違いない。それに、思いのほかとんでもないことをやっているらしいな」
と言って、マリウスはタケルにノートを見せる。そのときに紙切れが床に落ちたが、タケルはひとまずノートに書かれたものを読む。
一通り目を通すと、タケルは表情を曇らせる。
「やっぱり転生病棟はこういうことをする場なのか。でも、魂の転移実験なんて聞いたことがない。そもそも、科学に魂を持ち込むなんて聞いたことがない」
タケルは言った。
病棟での実験も、ノートの内容も不可解なことばかり。タケルはノートをさらにめくり、日付だけかかれている不自然なページに気が付いた。だからタケルはページに仕込まれた術式を解析する。ページに手を触れ、錬金術のエネルギーを流す――
すると、「12月17日」とだけ書かれたページには文字が浮き上がる。
タケルはその文字を一通り読んでみる。
――12月17日。
アルトー医師に魂の転移のことをかいつまんで伝えられた。これまでに科学として認められることのなかった魂という概念やそれを取り扱う分野が確立するのだそう。だが、私は知っている。魂の転移実験で何人も殺され、発狂し、処分された。
私はもう耐えられない。錬金術師であることを隠していてよかった。私は今夜死ぬ。リアム・ホーキングはL2024年12月17日に死亡する。転生病棟の犠牲者たちに敬意と謝罪を。
タケルの、ノートを持つ手が震える。
自身が霊安室で目覚め、霊安室のメモを見てから薄々気づいていたが、改めて恐ろしさを感じていた。
転生病棟は病棟でこそあるが、おそらく治療などは目的ではない。ある種の研究施設であり、目的のためならば人を簡単に犠牲にする場である。そこに生命倫理も医の倫理も存在しない。ただ、人類の発展のことしか考えない病的な場所なのだ。
「タケル? 顔色が悪いぞ」
マリウスは言った。
すると、タケルは聞き返す。
「マリウスはリアム・ホーキングを知っているか?」
「……知ってるよ。魂の転移実験に関わっていた人だ。去年の12月に首を吊った。思うところはあったんだろう」
マリウスは罪悪感を声ににじませつつそう言った。彼もスパイだったとはいえ、転生病棟で非人道的な人体実験に関わっていた身だ。そうしたこともあって、マリウスにも思うところがあった。
「今度はこっちか。誰のかわからないが」
と言って、マリウスは床に落ちた紙切れを拾い上げる。
「……被験者カサンドラ・ロカの手紙か。意識が薄弱な中で書いたんだろう。タケルは何か見つけたか?」
マリウスは言う。
「見取り図を見つけた。使い道のわからない扉は上に上がるためのものらしいんだ。もしかしたら、そこから行けるかもしれない」
と、タケルは答えた。
「でかしたぜ、タケル。あの扉をどうにかして、上に行こう。それで、転生病棟の情報を持って脱出する」
マリウスが言うと、タケルは頷く。2人は地下牢の中央で待つグリフィンたちの元へと向かった。
タケルとマリウスを待つグリフィンたちは待機組で話していた。
「――へえ、大陸の北部にはそんなものが。ああ、タケル。おかえり」
グリフィンはタケルが戻ってきたことにいち早く気づき、タケルたちを出迎える。タケルたちが地下牢を調べていた間にミッシェルは目覚めていたようで、彼女も話に混ざっていた。
「戻ったよ。やっぱりここは転生病棟の一角、というか地下だ。あの扉から地上に行けるみたいだからすぐに地上に行こう」
タケルは言った。
「さっそく行こうぜ。早い方があちらさんも混乱してんだろ。今が何時なのか、あたしはわからないけどさ」
と、ミッシェル。
一行の方針は固まり、6人で扉の前へ。だが、物事はそううまくいくものではない。
外から扉が開き、白衣を着た男女が地下牢に入って来たのだ。
「脱獄だ! 武器を取れ!」
「わかっている! やるぞ!」
男女は武器をとる。男の方は突起のついたこん棒を、女の方は妖しく光る剣を手に取った。
「さて、実験体2人に元職員の裏切者。お前たちは再教育の予定だったのだがね。そして、重要人物3人。お前たちまで一体何をやるのやら」
白衣の女は言う。
「なってしまったことは仕方ない。だが、君たちは調子に乗りすぎた」
白衣の男もそう言った。
戦いは避けられないだろう。




