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8 北の国の研究所

 タケル一行がパロ支部に来てから5日後。

 結局パーシヴァルたちがパロ支部に来ることはなかった。連絡さえも寄越さなかった。


 それでも予定は変わらない。研究所への殴り込みに中止も延期もない。

 門の近くの掘っ立て小屋に一行は集められた。


「結局来なかったな……」


 マリウスは言った。


「だな。時間がかかっているか、予想外の何かが起きたか。それは俺たちの知るところではないだろう。これ以上後回しにはできんぞ」


 と、スティーグも言った。


 そうして話していると、少し遅れてニッテがやってきた。

 服装はタケル一行を出迎えた時のスーツではなく、明らかに寒冷地での戦闘を意識したジャケットとブーツ、マフラー。雪解けの季節とはいえ、人類居住地の最北端に近いパロの町だ。まだまだ寒い。


「さて。件の3人が来なくても、作戦は決行する」


 ニッテはそわそわしている一行の様子を見て言った。

 そうすると、ニッテは不安そうなタケルと目が合う。


「なあ、タケル。ここにいるのはパロの町で鍛えられたオレとラリ。鮮血の夜明団で経験豊富なスティーグ。才能あふれるアカネ。それにお前たちはこれまでにΩ計画の連中と戦ったし、入ったら戻れない転生病棟から脱出した。不安に思う要素なんて、どこにあるんだ?」


 と、ニッテは続けた。


「大丈夫だ。うまくやれる」


 その研究所はパロ支部から10キロほど、最前線から7キロほど離れた場所にある。

 雪解けの道を装甲車で進み、たどり着いたのは森の奥の崖に面した城のような建物。

 それはパロ支部のように塀と有刺鉄線で囲われ、明らかに異様な雰囲気を醸し出していた。話によるとこの研究所は数年前に建てられ、鮮血の夜明団とは無関係な者たちが出入りしていたという。


「今回は潜入調査なんかじゃない。強引に入ってもいいだろう」


 真っ先に装甲車から降りたニッテは研究所を見てこう言った。


「さて、ラリ。壁の破壊は頼んだよ」


「任せろ。得意だからな」


 と言うと、ラリは装甲車を降りて研究所の壁に近づき。壁から2メートルほどの場所で地面に手をついた。

 そして。


 ラリの目の前の壁は音を立てることなく崩壊する。壁の破片はさらに分解されたのか砂と化し。

 堅牢な壁に囲われていた研究所に、侵入経路が作られた。


 一行は装甲車を降り、ラリを先頭にして研究所の敷地内へと侵入した。


 壁の内側、一行が侵入した先にあったのは庭園と研究棟。タケルたちから見て研究棟の手前側にある庭園でも、墓石のようなものがひときわ目を引いた。

 タケルは吸い寄せられるように墓石らしきものに近づいた。


 それは転生病棟にあったものと同じ、被験者たちの慰霊碑だった。

 すぐそばには献花もあり、犠牲になった被験者たちは丁重に弔われている。もっとも、彼らはΩ計画の狂った研究がなければ今でも生きていただろうが――


「タケル! 勝手な行動は……」


 ニッテはここで一度言葉を切った。


「生きている人間は数十年前の実験動物と同じ扱いをするくせに、死んでしまえば丁寧に扱う。そうだよ、Ω計画はそういう連中なんだ」


 タケルは慰霊碑の前でぶつぶつと呟いた。


 そんなタケルに向かってつかつかと歩いてくるのはミッシェルだった。彼女はタケルの後ろで言う。


「おいおい、どうしたんだ?」


「覚えているんだ。Ω計画のことだからね。この研究所の内装だけはなぜかわかる。多分、これからこの研究所を訪れることがあったからだと思うんだ」


 タケルはミッシェルを見ることなくそう言った。


 ミッシェルはしばらく黙り込むが。


「ま、そういうことにしといてやるよ。未来の記憶まであるとなると、時系列くらいおかしくなるだろ?」


 と、半ばあきれたような口調で言った。


 そこで口を挟んだのはエステルだった。


「そうかもしれないが、案内なら私に任せてくれないか? Ω計画のものだとわからなかったとはいえ、私もこの研究所を知っている。転生病棟に連れて行かれる前、一度私はここに来たことがある」


「知ってんのか……すげえな」


 マリウスは言った。


「ああ。この慰霊碑から少し進んだところに実験体の搬入口がある。そんなに時間は経っていないだろう。作りは変わっていないはずだ」


 と、エステルは答える。


「助かるよ、エステル。じゃ、搬入口から研究棟に殴り込む算段といこう」


 一行は慰霊碑のある庭から研究所の裏側――実験体の搬入口方面へと回り込む。


 だが、搬入口があるとエステルが伝えた場所にはそれらしきものがない。あるのは鉄格子つきの窓と、周囲より新しいと思われる壁だけだ。


 それを見て最も戸惑ったのはエステルだった。

 目の前にあるはずのものはなく、外観はさほど変わっていないというのに肝心な部分だけ変わっている。エステルからすれば時間が経っているわけでもないのだが――


「……そうか。私の時間感覚はどうやら人間とは違うらしい」


 何かを察したのかエステルは呟いた。


「長いこと閉じ込められていたんだ。わからないのも仕方ないよ」


 タケルはエステルをフォローするように言った。


「そう……か。あれがいつだったのかもわからない。ならば変わっていても仕方ないか」


 エステルは続ける。


「ま、入り口がなくても作ればいい。見ただろう? さっきのラリのアレ。もう一回よろしく」


「おう」


 ニッテに言われ、ラリは前に出る。

 今度は壁の色が変わっている部分に手を触れ、錬金術の演算を行い。


 壁は音もなく崩れ落ち、破片は砂と化した。

 すると、埋めたように作られていた壁の奥からは内側から蹴破られて破壊されたドアが現れる。


「これだ……私が言いたかったのは。これが搬入口だ」


 エステルはラリの後ろで呟いた。


「そうか。お前が捕まっている間、この研究所で何かがあったのだろう」


 と、ラリ。


 その様子を他の面々も見ていたのだが、エステル以外にもどこか変わった様子を見せる者がひとり。ミッシェルだった。


 なぜだかはわからない。が、この破壊されたドア。北の堅牢な研究所。

 ミッシェルはこれらが自身に無関係だとは思えなかった。

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