7 共に罪を背負う覚悟
「多分、オレたちに時間は残されていない。大洪水がいつ起きるかとかじゃなく、世界の動きからして、ね」
と、ニッテは話を締めくくる。
時間がないという見解はタケル一行とニッテで一致している。今は一刻でも早く動くべきだろう。
「で、次に行くのは北の研究所か。転生病棟の連中が北に目を付けたってのはもう疑いようがねえ」
マリウスが言う。
「その通り。最近、パロの町の外れの研究所らしき建物に謎の人物たちが組織的に出入りしている。マリウスの報告と照らし合わせてみたがまずΩ計画の人間で間違いないだろう」
と、ラリ。
「ただ、まあ……待ちたいやつらがいる。そいつらもΩ計画を潰すために動いているやつらでな、別行動で関連施設を潰して回っている。時間がないにしても、合流するまで待つことはできねえか?」
「そんな報告は受けてないけどねえ」
マリウスが提案すると、ニッテは言った。
この反応は、マリウスも想定していた。が、転生病棟にも匹敵する戦力を有する可能性のある研究所。マリウスとしても戦力をそろえて殴り込みたい。
「お願いします。転生病棟から脱出できたことも奇跡というくらいなんです。正面からやり合うのなら戦力が必要なんです」
「その通りだぜ。連中、とんでもねえ力を使うんだからよお」
タケルとミッシェルもマリウスを援護するように言った。
特にこの2人はΩ計画や転生病棟の主要人物の強さをよく知っている。だからだろう。その言葉とまなざしには説得力がある。
ニッテはしばらく考えた後、口を開く。
「5日だ。5日間だけ猶予を設ける。その間に訓練にいそしむもよし。体を休めるもよし。許可を得たのなら支部の書庫で資料を閲覧するもよし。魔族のエリアに踏み込まない限り、何をしても構わない。もし不安ならオレに許可を求めたらいい。うちの連中がいい顔をしないかもしれねえが、オレがわからせるから大丈夫だ」
そのときのニッテはこれまで以上に頼もしく見えた。
「ありがとうな、支部長」
と、マリウスは言った。
話が終わり、タケル一行は来客用の宿舎へと案内される。
その道中、歩いている途中ニッテはエステルに近寄り。
「君みたいな魔族なら実は25年前にいたんだ」
ニッテは小声で言った。
彼女の言葉を聞いたエステルは目を伏せる。
「会長の口からそのことは聞いた。完全だったか不完全だったか今となってはわからないが、賢者の石を取り込んだのだろう? それでも今はいないあたり、どうにかする方法はある」
エステルはそう答えた。
どうにかする方法――それを実行できる者こそ限られているが、確かに存在する。それどころか、エステルのすぐそばに実行できる者はいる。
タケルだ。
「もう聞いてたんだ。そうそう。エステルの言うとおり、会長が光じゃないもう一つの手段で倒したんだ。錬金術を直接使ったわけじゃないけどね」
「ああ。だが、タケルは直接錬金術を使って私を殺せる」
と、エステルはさらりと言った。
このときのエステルはどこか遠く――遠い未来でも見ているようだった。
そんな彼女に対し、ニッテは何も言えず。
一行は宿舎に到着した。
「階段を挟んで右側が男性用、左側が女性用だ。あまり問題を起こさないでくれると助かる」
宿舎のロビー、階段の前でニッテは言った。
一行はこれから研究所に殴り込み、その後処理が終わるまでここに滞在する。雰囲気は悪くなく、要塞のようなパロ支部とはどこか不釣り合いなようだった。
「ありがとうございます、ニッテ支部長」
「いいよいいよ、ありがとうね」
タケルが礼を言うと、ニッテはそう言って宿舎を出た。
その日の夜。
階段前のベンチに、タケルとエステルは集まった。ベンチの前、階段の奥の窓から差し込む月の光はエステルを照らす。月の光に照らされたエステルは神秘的で美しく、夜の女王と言うにふさわしい姿だった。
そんなエステルはタケルの隣で、彼の目を見て重い口を開く。
「錬金術師の一部は権限術式という技術を持つらしいな。お前も含めて」
「……エステル、誰から聞いた? 僕が権限術式を使えるって」
タケルは聞き返す。
「聞いたんじゃないさ。お前の術式をずっと近くで見ていたし、お前が術式の解析を得意としているところから分析しただけだ。シオン会長とニッテの話で確信した」
と、エステルは答えた。
「あはは、エステルは僕をよく見てるね。そっか、知っているんだね」
「ああ。私のような魔族を殺す方法をお前が持っている。私はどれだけ運が良いことか」
そう言ったときのエステルはどこか穏やかな表情を見せた。穏やかな表情の中に、世界の終わりでも見ているかのような雰囲気があった。
「エステル?」
「タケル。もし私が世界を滅ぼそうとしたら、私を殺してくれ」
それはタケルにとって思いも寄らぬ一言だった。
「嘘だよね、エステル。君はそんな事しない。そんなことをする発想がある人じゃないって信じてるよ」
タケルは言った。
だが。
「どうだろうな。今はお前たちとうまくやれていても、私は魔族。25年前に大陸を掌握しようとしたやつと同類だ。幸い、お前には私を殺す力がある。頼む、タケル。その時がもし来たのなら、私を殺せ。愛する者に殺されるのならば、本望だ」
エステルは穏やかに笑う。
月明かりに照らされ、穏やかな表情を浮かべた彼女はどこか遠くに行ってしまいそうにも見えた。
タケルは歯を食いしばり、エステルの手を握る。
「まず……そんな事にならないようにする。でも、もしエステルが世界を滅ぼすことになったら、一緒に死ぬよ。僕は君と同じ罪を背負う覚悟ができたから」
「タケル……」
エステルはこれ以上何も言わなかった。
それから5日後。約束の日――




