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3 鳥籠の碧き魔物

 あるとき、名も無き地を訪れる人間があった。

 人間は大陸北東部のより強い吸血鬼を狩り、手柄を立てようとしている吸血鬼ハンターだった。が、彼はエステルではない魔族(名も知らぬ同族)の争いに巻き込まれ、怪我を負っていた。


「うう……俺は……」


 まだ息はある。

 ほんの出来心だったがエステルは吸血鬼ハンターを殺そうとはせず。引きずって洞窟まで連れて行き、様子を見ていた。


 吸血鬼ハンターが目を覚ましたのは翌日のことだった。


「起きたか。私はお前を見なかった。気が変わらんうちに、どこへでもいけ」


 エステルは吸血鬼ハンターに目を合わせることもせず、そう言った。だが。


「この恩は忘れない。戦いに巻き込まれて死ぬかと思ったが……あなたのおかげで俺は助かったんだ。俺は繧ィ繝■ャ繝ウ繧ケ繝サ繧ッ繝ュ繝ォ。最近旅人を襲撃する吸血鬼を狩りに来たんだ」


 あろうことか吸血鬼ハンターは名乗り、目的までも語った。それはエステルからすればありえないこと。


「余計なことを喋るな。捕食するぞ。などと言えば、お前は私を狩り(討伐し)に来るか?」


「そんなことはない。あんたが吸血鬼と戦っているところを見た。俺たち、一緒に戦えるんじゃないか?」


 吸血鬼ハンターは言った。


「信用ならん……いや、このような態度の者は初めて見た。同胞……と言うのも忌まわしい連中にもお前のような人はいなかった。全く、面白い男だ」


 これがエステルの変わるきっかけとなったのだ。


 エステルと吸血鬼ハンターはどこか共通するところがあった。

 吸血鬼ハンターもまた、異端や出来損ない(白にあらざる者)として身内から排斥されていた。


「吸血鬼を狩りに来たのがここに来た目的だと言ったが、それだけじゃないんだ。俺はこの髪色のせいで追放された」


 吸血鬼ハンターは言った。


「人間も面倒なものだな。いや、理由がはっきりとしているだけまだいいのかもしれない」


 魔族の異端(エステル)人間の異端(茶髪の吸血鬼ハンター)、2人のはぐれ者は惹かれていった。


「異端と異端、共に生きようではないか」


 だが、その関係も破綻するときが来た。


 出会ってからどれだけ経ったのかもわからない。

 その日は極夜のまっただ中。エステルと吸血鬼ハンターは放浪の吸血鬼――魔族に挑もうとする命知らずを狩りに出ていた。


 圧倒的な力を持った魔族(捕食者)と圧倒的な力を持った吸血鬼ハンター(討伐者)はいとも簡単に吸血鬼を捕食し、討伐した。


 だが、吸血鬼ハンターの刃はエステルにも向けられた。


「なぜ私に刃を向ける! 共に生きる約束はどうした!」


 右腕を切り落とされたエステルは狼狽する。


「約束? そんなものはなかった。手柄が転がっていれば約束なんてどうでもいい。これも、認められるためだ」


 吸血鬼ハンターは銀の剣を手にそう言った。

 銀の剣は月光を受けて冷たく光る。魔族の皮膚を焼くはずもない月光を反射しているというのに、それはエステルを焼き殺すようで。


「ふふ……所詮はそうなのか……他者に期待した私がおろかだった。あのときの出来心もなくお前を殺せていればどれほど楽だったろうに」


 エステルは呟いた。

 魔族のはぐれ者だからといって人間のはぐれ者とわかり合えるはずなどなかったのだ。


 斬りかかってくる吸血鬼ハンター。

 エステルは絶望からくる笑みを浮かべつつ迎え撃つ。


 光を剣に纏っての一閃。

 エステルは受け流す。

 が、剣の残像に残るわずかな(殺意)がエステルの皮膚を炎のように舐める。ぴりぴりとする。


 避けた後も吸血鬼ハンターの攻撃は止まらない。今度は下段からの斬りに、突きまでも織り交ぜる。

 それでもエステルは攻撃をくらわない。

 彼女はあまりにも強かった。


「ここまで強い魔族なんだ。殺せば手柄にもなるさ。この髪色を悪く言った連中を見返してやる」


 吸血鬼ハンターはそうやって笑う。

 もはや狂気さえも孕んだ笑顔は、彼の名前さえも忘れたエステルの脳裏にこびりついたまま。


 エステルは歯を食いしばり、吸血鬼ハンターの腹部を蹴り。即死させた。

 返り血を浴びる。何度も殺した吸血鬼とは違って人間の血は手足に残る。灰になって消えないからだ。

 それがエステルの孤独を際立たせる。


「そうだ……私はひとりで生きるべき存在。マモニ族も人間も。すべて私の敵だ……私は化け物だからな……」


 それからは、まるで夢のようだった。

 終わることない悪夢を見ているよう。


 一度は同族――とはいっても別の集落の者だが――と合流することもあったが、結局は袂を分かつことになる。同族はエステルを売ったのだ。


「初めまして、かわいそうな化け物。お前の命は私が保障しよう」


 売られた後、エステルが会ったのは胡散臭い錬金術師。まだ20代そこらだというのに、エステルと同じくらい長く生きているかのように話す。

 人間と魔族――あるいはマモニ族との関係。

 エステルの同族から着想を得て進化したのが錬金術。

 不老不死に近いマモニ族がいたから賢者の石の精製に成功した。


「何度も裏切られたお前はきっと、裏切られた痛みがあるだろう。私も同じだよ。何度も裏切られて、学会からも追放されてね。それでも私にはなすべきことがある」


 錬金術師はそう締めくくる。


 結局、命の保障は確かにあった。

 だが、それは限られた箱庭の中での命。鳥籠の鳥かケージの中の実験動物(モルモット)か。時間感覚を失う中でエステルはそれだけを思索した。

 与えられるのは「被検体食」として供される人間だったものの死骸。魔族ならばそれが原因で体に不調を来すことはないが、心情としては複雑だった。


「私はこれからどうなるのやら。このままでは……いや、もともと私は壊れていたか」


 変化のない日々。

 それはとある事件により終止符が打たれることとなった。


 エステルは何があっても忘れない。

 N2025年2月11日(その日)

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