2 魔族という化け物
「魔族だと!? そんなもの、被検体以外ではパロ支部に入れられるわけがないだろう!」
「お前はこっちだ。全く、近頃は人を欺く魔族まで現れたのか。ディサイドで昔起きたことと同じじゃねえか。どうせお前はパロ支部を乗っ取るつもりだろ。だまされねえからな」
この対応は当然といえば当然だろうか。
ボディチェックと検査をすればエステルの正体などすぐにばれる。
エステルは乱雑に腕をつかまれ、弱点だったものをつきつけられ、仲間を人質に取られて地下牢へと連行される。やろうと思えば抵抗できるが、仲間――特にタケルを人質に取られていることがあまりにも痛い。もはやそれはエステルにとって一番の弱点にもなっていた。
「いいか? 抵抗したらお前の仲間が無事じゃねえからな」
屈強な男は言った。
そうして、エステルはパロ支部の地下牢に投獄される。
鮮血の夜明団からの許可と理解は得ているはずだった。トップである会長シオンもエステルのことを認めているはずだった。
だが、場所が悪かった。ここは対魔族の最前線。ゆえに魔族への偏見は根強い。魔族など人間の敵でしかない。たとえ人間のように振る舞っても、パロ支部の構成員の目には「人間をだますたちの悪い魔族」にしか映らない。
「化け物……か」
獄中でエステルは呟いた。
賢者の石を取り込んだことで太陽の下に出られるようになったし、人を生きたまま喰らうこともためらうようになった。が、やはり魔族は魔族、化け物は化け物。
エステルはうつむき、これまで1000年近く生きてきた記憶をたどる。
――700年くらい前。まだ魔族の中でも子供だったエステルだが、すでにのけ者扱いをされていた。近い世代の子供たちがエステルとかかわらなくなり、大人も。さらには家族さえもエステルを遠ざけはじめた。
「近寄るな異端者め」
集落の長はエステルに向かってこのような言葉を吐いた。
当然他の者も長に同調する。エステルを庇う者など誰一人として存在しない。家族でさえも。
理由はエステルにもわからなかったが、村長の口ぶりから何かが違うようだ。誰も、何もその理由を話さなかったが。
それでもエステルは耐えていた。いつか一人前になれば力も手に入る。自身を異端として排斥する者に対抗できる。
耐えていると200年ほどが経った。
エステルも一人前になる頃だったが、彼女が呼ばれたのは一人前になるための儀式ではなかった。
魔族――とくにエステルのいた集落では年老いた魔族を下の世代の「贄」とする風習があった。「贄」となった者は拘束され、他の者の放つ魔族の法力――魔法によって屠られる。それが意味ある儀式かどうかは定かではないが、少なくとも年老いた者が下の世代を食い潰すことはない。
エステルは一人前になることなく、「贄」となる。
「……何かの間違いでは!? 私はそんなはずでは!」
「間違いではない。異端は「贄」になることで我らに貢献できる。喜べ」
村長は言った。
そのとき、エステルの中で何かが切れたようだった。
体内からエネルギーが湧き上がり、エステルは魔法を放ち。村長を殺した。
エステルの殺意は村民にも向いた。これまでエステルを排斥した者たちは殺されてゆく。不老不死に近い種族であってもエステルにはかなわない。
結局、エステルを除く村民はすべてを押し流すような大洪水に飲まれ、死んでいった。
「脆い……こんなもの、簡単に死んでしまうじゃないか」
滅ぼされた集落を後にするとき、エステルは呟いた。
そこには笑顔すらあった。
いつからだろうか。エステルは壊れていたらしい。
エステルは自身の異常性を悟り、ひとりで生きていくことを決めた。
大陸の北部の半島から、半島の東側――魔族の土地の辺縁にして人間もほとんど寄りつくことのない場所へ。
その場所、名も無き地――後に不要の地と呼ばれる地はただツンドラと洞窟、わずかな林があるだけの地だった。人も魔族も訪れず、動物たちが闊歩している。その他現れるとして、南東から流れ着く吸血鬼なる化け物。
エステルは吸血鬼を見かけるたび、本能のままに襲いかかった。
強い吸血鬼ではあったが、エステルならば楽に倒せた。そうして、吸血鬼の肉を喰らう。
吸血鬼はこの地上のいかなる生物より美味だった。
自身の本能と欲望を刺激するような味で、なおかつ力も湧く。
エステルは取り憑かれたかのように吸血鬼を襲撃してはむさぼる。いつしかその地には吸血鬼を喰らう化け物が出るという噂までも出ていたらしく、現れる吸血鬼は減っていった。
一方で、孤独な日々もエステルを壊していった。
どれだけ経ったころだろうか。エステルは太陽を見てみたいと思った。
あわよくば太陽の下で美しく死にたい。そんなことを考えて、白夜の時期に外に出た。
だが、白夜の太陽はあまりにも熱く。少しずつエステルの皮膚を焦がす。
エステルはこの責め苦に耐えられなかった。
だから死ねなかった。
「……悲劇を通り越してもはや喜劇だ。笑えるな」
洞窟の中、エステルは自嘲気味に言った。
それが転生病棟でエステルが救出される日から数えて350年ほど前のこと。




