1 因縁ある北の地へ
【これまでの話(Side:タケル)】
転生病棟で死の淵からよみがえったタケル。自身の身に起きたことがわからない中、マリウス、ミッシェル、エステル、グリフィン、ロゼとともに転生病棟を脱出した。だが、その後、病棟幹部アイン・ソフ・オウルのヴァンサンに襲撃され、再教育施設に連行される。再教育施設ではミッシェルらとの協力により脱出に成功するも、グリフィンを犠牲にする結果となってしまう。
脱出後、タケルはペドロの手引きによりマリウスらと合流。そして示唆される最悪の未来。タケルたちは最悪の未来を回避すべくレムリア大陸の各地を旅し、未来を変える協力者を探すことに。大陸北東の町・春月ではアカネと出会った。次なる町・緋塚では兵器工場を破壊した。ディレインの町では鮮血の夜明団の協力をとりつけることに成功した。さらに山奥では天才錬金術師リルトとも接触した。
そんなタケルたちの次なる目的地は北の大地・パロの町。
『――続いてのニュースです。先日、4月9日から10日にかけて九頭竜の企業経営陣が相次いで殺される事件が発生しました』
車での移動中、受信していたカーラジオからはこんな報道が流れていた。
九頭竜とはレムリア大陸を支配する9つの企業。その経営陣が殺される事件だ。相当な事態であることには間違いない。
『犯人は不明で、イデアの痕跡は見られないことから錬金術師の犯行である可能性が示唆されています。大陸治安維持省は錬金術師に絞り、捜査を進めていく方針だということです――』
「とんでもない事件だね……この前大総統の暗殺未遂もあったのに」
助手席に座っていたタケルは呟いた。
「だな。錬金術師を捜査するとなると、冤罪もこわいな。いや、九頭竜の経営陣が狙われるのならそこまですることはわかる」
と、運転していたマリウスが言う。
タケルはなんともいえない表情を見せる。当然だ。面と向かって冤罪の可能性について言及されたのだから。
一行は車で北のパロ支部を目指していた。
運転はマリウス。助手席にはタケルが座り、地図を見ている。後部座席にはスティーグ、ミッシェル、エステルと眠っているアカネ。マリウスと交代するまでけっこうな距離を運転して疲れがたまっていたのだろう。
「何かあれば対処するって形でいいのかな」
タケルは呟いた。
しばらく車で移動していると、アカネは何か寝言を口にし始めた。
「パパ……やっぱり……かっこいいね……」
夢でも見ているのだろうか。アカネの寝顔は安らかだった。
ここでマリウスが急にハンドルを切った。どうやら動物が飛び出してきたらしい。
「っ……!?」
アカネも目を覚ます。
さっきまで寝ていた中、状況もよくわかっていないよう。隣に座っていたミッシェルは半ばからかうような口調で言う。
「お前、寝言でパパとか言ってたよな」
「へ……? まあ、パパはかっこいいけどさ……あ」
と言って、アカネはあからさまに目線をそらす。
目線をそらした先は窓、その外。ちょうど飛び出してきたオオツノジカが森の中に入っていくところだった。
「もし私に恋人ができるならパパみたいにかっこよくて強い人がいいなあ。いるはずないけど」
アカネは呟いた。
ディレインの町から数日車を走らせ。景色は山から町、温帯の森を抜けて寒冷地の森へ。ところどころに雪の残った森の先に目的地はあった。
レムリア大陸最北の大都市パロ。鮮血の夜明団の支部も置かれ、さらに北に住む魔族なる種族に対する最大の拠点でもある。
車窓から見える町並みは完全に雪国のそれ。
タケルはその町並みを見ながら複雑そうな表情を見せた。
「あの兵器工場で見た写真のことか?」
エステルはタケルに声をかける。
「そうだね……確かにあの写真が撮られたのはこの町だと思うけど」
タケルは答える。
やはり記憶にこの町並みはない。寒さというものもディレインの町や春月で経験したのが初めてだ。
だからか。タケルの中で自分自身の過去に対しての疑念が強くなる。
「お前もこの町に対して思うところがあるのかもしれないな。私もそうだ」
と、エステル。
するとタケルは聞き返す。
「エステルが?」
「ああ。何しろ大陸北部は私の生まれ故郷。これでも私は魔族だからな。連中も北で生まれ、北に挑む人間を喰らい、ある者は北で死んでいく」
エステルは答える。
が、その言葉にはどこか引っかかるところがあった。それでもタケルはあえて掘り下げることをしなかった。
そうしているうちに一行は目的地の鮮血の夜明団パロ支部に到着した。
そこは要塞のような場所だった。
高い壁に囲われている支部こそあるが、パロ支部はさらに角に監視塔のようなものがある。加えてレーダーやガンタレット、砲のような武装までも施されている。
立ち入る者すべてを拒絶するかのようなパロ支部の外観は、ここがいかなる場所かを物語っていた。
「ここがパロ支部……」
タケルは呟いた。
ここは対魔族の最前線。イデアなどに惑わされることなく、旧来のあり方――魔族への対抗策だけが重視される。
なかなか来ることもなかったうえ、似たようなことをした生家を裏切ったマリウスにとっても敷居の高い場所だった。
それでも中に入らなくてはならない。
タケルたちは門で守衛に手続きをする。その後に通されると考えていたが、そう甘くはない。
「外来の者にはボディチェックをする決まりになっている。こっちに来い」
守衛の屈強な男はそう言って物々しい雰囲気のドアを開ける。
タケルはボディチェックの内容を想像し、警戒してしまった。下手をすれば本部のときのように拷問される可能性もある。
「すべてはボディチェックの結果次第だ。それ以前に尋問も拷問もすることはない。先にそのようなことをしてしまうのは単なるパラノイアだからな」
案内する男性職員は言った。
そこに私的な感情など存在しないようで――
だが、タケルたちはこの後に起きることを想像すらしていなかった。




