16 わたしのなまえは
「結果的に第2倉庫も破壊できた。次は……」
パーシヴァルは呟いた。
一行が飛行艇で倉庫から飛び立って1時間ほど。
ペドロは東海岸のどこかを目指していたはずだが――
「北だよな。その前にあの子をどこかに預けたい。できれば大陸の東側。とはいえ南東まで行くのはきついな」
ペドロは言った。
「だとすればマルクト支部がいいだろう。あそこの支部長とは知り合いだ。なによりよく分からない人も受入れてくれるだろう。変わった人だが信頼はできる」
そう言ったのは零。
マルクト支部など、無関係だったパーシヴァルやペドロは聞いたこともなかった。
「凄いな、あんたの人脈」
と、パーシヴァル。
「いや、それほどでもない」
飛行艇は進路を南へと変えた。
窓から見えるのは東海岸の景色と青い海。遠くに見える海の果てには黒い雲が壁のように立ちこめている。あれがいわゆる世界の果てというやつだ。あの外には何があるのだろう――?
数時間後、飛行艇はマルクト支部付近の上空にまでやってきた。
零は操縦席の隣に行き、通信機を取る。相手は当然マルクト支部の人間。零は通信機を起動して発信する。
つながった。
零は通信機越しに話す。
「マルクト支部か? 俺だ、鮮血の夜明団本部所属の織部零だ」
『ああ、こちらマルクト支部。支部長の神条ジダン。例の少女のことか。飛行艇の着陸許可は出ている。発着場に降りてもらって構わない。詳しいことは到着してから話そうか』
応答したのはジダン。
飛行中にもやりとりをしたが、彼がすべての権限を持っていたからかすべて順調に進んだ。一行はこのままマルクト支部に降り立つことになっていた。
「感謝する。相当訳ありなようで、言葉もよくわからないらしい。託せるのはお前だけだ」
と、零は言う。
『はっはっは、大げさだな。俺は俺にできることをしているにすぎん! 待っているぜ!』
そうして、一行とマルクト支部をつないでいた通信が切れる。
「マルクト支部の発着場に着陸していいそうだ。大丈夫、支部長は見た目いかつくても話のわかる人だ」
零はペドロに言う。
「そうか。マニュアル通りに降りるが、かなり荒っぽくなるだろう。捕まってろよ」
ペドロはそう答え、操縦桿を動かし。
飛行艇は高度を下げる。
ペドロが荒っぽいながらもうまくやったからか、無事に飛行艇は着陸した。とはいえ、乗っていた面々が無傷というわけではない。パーシヴァルと零は飛行艇の揺れで酔い、顔色が悪い。ロゼは揺れで頭をぶつけていた。
一行が飛行艇を降りると、そこではジダンとその仲間が待ち受けていた。
「ちゃんと来てくれたようで何よりだ! 危なっかしいところもあったが、無事そう……無事そう……」
ジダンはパーシヴァルたちの様子を見て言葉を切った。
乗り物酔いをした一行に無事と言うべきか迷っているのだろう。加えて操縦していたはずのペドロも顔色が悪い――これは失血が原因だが。
「ああ。なんとか。ところで彼女のことだが……」
と言って、零はロゼではない赤髪の少女とともにジダンの前に出る。
ジダンは彼女が件の少女だと察し、彼女と目線を合わせて口を開く。
「お嬢ちゃん、名前は何かな?」
聞かれた少女は言葉を理解できているのか理解できていないのか。ただ首をかしげ。
「おじょ……うちゃん?」
と聞き返すだけ。
「な ま え、だ。俺は、ジダン」
「じだん」
とだけ、ジダンを指して言う少女。
「なるほどな……言葉の理解も十分じゃない、自分が何なのかもわかってねえ。そんな子を危険なところには連れて行けないよなあ」
ジダンは立ち上がりながらそう言った。
その傍ら、少女は嬉しそうな顔で覚えたての言葉を繰り返す。
「じだん! じだん!」
どうやら彼女はジダンにたいそう懐いているようだ。
「この子については俺に任せてくれ。この様子だ、マルクト支部にいた方が良い!」
と、ジダンは言った。
「頼む。ロゼもそうかもしれないが、彼女にこれからの旅は過酷すぎる」
零は言う。
だが、その後ろでロゼはふくれていた。
「……ロゼもできるもん。れんきんじゅつ、つかえるようになったもん。ね、にいに!」
「そうだな」
ロゼが言っても、パーシヴァルは否定しなかった。ここにも2人の信頼があった。
「任されたぞ! 出自についてはあえて深掘りしないでおくぞ」
ジダンはそうやって赤髪の少女を引き受ける。
パーシヴァルたちも1日ほどマルクト支部に滞在し、翌日にマルクト支部を発った。
彼らを見送るジダンと赤髪の名も無き少女。
「そういえば君には名前がなかったな……」
ジダンは視線を飛行艇から赤髪の少女に移すと言った。
「なまえ?」
「君が何者かを表すもの。そうだな、君は……小春」
「こはる?」
赤髪の少女は聞き返す。
「そう、小春。そう名乗るといい」
少女――小春が理解しているかどうかはわからない。だが、ジダンは理解してもらうためならば全力を尽くす。そういう男なのだ。
神条小春。その名前は、ジダンの親友にして義兄弟である人物からとったものだった。
【登場人物紹介】
神条ジダン
レムリア7th『ダンピールは血の味の記憶を持つか』に登場。
マルクト支部の支部長。大胆で暑苦しいが、頭が良いし周りをよく見ている。小春の育ての父親となる。
神条小春
倉庫で助けられた赤髪の少女。言葉もよく理解できていないが……?




