10 魂はいずれ収束する
痛い。気の遠くなるような激痛だ。
蘭丸の撃った光線がパーシヴァルの腹部を貫通し、負わされた傷。
パーシヴァルは傷口に錬金術を使い、ひとまずは傷を塞ぐ。失血はしているが、今はそこまでする余裕などない。
「驚いたわ、パーシヴァル。アンタ、アイン・ソフ・オウルのくせによくアタシの前に立ちはだかって。何のつもり?」
膝をついたパーシヴァルに、蘭丸は言った。
「それは……あんたの中にロゼがいることからわかるだろ……なあ?」
と、パーシヴァル。
「この……夾雑物? まさか、アンタそのためにアイン・ソフ・オウルでいたの? アタシやハリスへの恩は?」
蘭丸は語気を強めつつ言う。
「……恩知らずが。アタシが邪魔者としてアンタを消していたら、アンタはここにはいないってこと、分かってるでしょうね?」
そう続けながら蘭丸はパーシヴァルに錬金術の術式を投影する。
終わりだ。
傷も損傷した内臓も再生していないのに、次の攻撃が来る。
パーシヴァルがそう思ったときだ。
「……ッ!」
蘭丸は顔をしかめ、頭を押さえてうずくまる。頭に激痛が走ったようだ。
それだけではない。蘭丸の身体を見てみれば、肌が露出している部分には黒い痣がある。それはまるで黒死病患者のよう。
パーシヴァルはそんな蘭丸の姿を見て呟いた。
「蘭丸……まさか蘇生されたときに……」
「殺して。見てわかったよね、この肉体がかなり傷ついてるって。死者蘇生は完全じゃなかった」
このとき、すでに蘭丸の肉体の主導権は未来のロゼへと移っていた。
2人のロゼは、未来のロゼの死を願っている。
たとえ愛していた者を目の前にしても、自身が長く存在していられないのならば。
「言ったでしょ? 魂はいずれ収束するって。だから、お願い。私を殺して、そっちのロゼとも向き合ってあげて?」
未来のロゼは、蘭丸の肉体で優しいまなざしを向ける。
愛する者を助ける手段などない。
仮に魂を蘭丸の肉体から分離できたとして、この時代に未来のロゼがとどまるべき肉体など存在しない。
「殺すしかないのか……」
パーシヴァルは呟いた。
未来のロゼとの関係を知らなかったペドロや零ならば簡単に手を下せただろうが、今はそうもいかない。
パーシヴァルは覚悟を決める。
人が死ぬくらいの電圧で、電撃を放つ。
即死だ。
最期、蘭丸と未来のロゼのどちらが肉体の主導権を握っていたかはわからない。が、抵抗だけはしなかった。
「すまない……ロゼ。俺は……」
パーシヴァルは、絶命した蘭丸あるいは未来のロゼに向けてそう言った。
「パーシヴァル……」
と、ロゼも言う。
思わずパーシヴァルは振り返る。
ロゼは何も話さない。彼女にも何か思うところがあるのか――
「終わったぞ。行こう。どこから出られるかわからないが」
パーシヴァルは平静を装いつつ、言った。
だが、パーシヴァルの顔には悲しみと悔しさがにじみ出ていた。愛していた者と最悪の形で再会し、自らの手で殺すことになった。その運命など、変えられなかった。
そんなパーシヴァルの様子にいち早く気づいた零は言う。
「……辛いんだろ、パーシヴァル。見ればわかる」
零はこの場での出来事に至る経緯をよく知らなかった。
それでもパーシヴァルの心の一部を察したようでもあった。
パーシヴァルはしばらく黙った後、こう言った。
「大丈夫だ。こうなることは予想外だったが……こんなこともある。早く倉庫を破壊しよう! 爆破ならその手の術式を仕込めばどうにでもなる! 脱出経路を確認して、術式を仕込めばそれで倉庫の破壊は終わりだ!」
どう見ても空元気だった。
「パーシヴァル……落ち着け。忘れたい気持ちもわかるが」
と、ペドロが言ったときだ。
ロゼがパーシヴァルへと近づき。ぎゅっとパーシヴァルを抱きしめる。1メートルやそこらの身長だとパーシヴァルの脚しか抱きしめることはできないが。
「にいに。ロゼがいる」
抱きしめたままロゼは言った。
「ロゼ……こんなことさせて、ごめんな」
パーシヴァルからはそれしか言葉が出なかった。
湧き上がる感情は止められないが、言葉が追いつかない。パーシヴァルの目からは大粒の涙があふれていた。
「あんたは絶対に死なせない。たとえ何があっても……」
パーシヴァルは涙を流しながらそう言った。
その様子を見ていたのはペドロと零だけではなかった。
パーシヴァルたちが地下から出た後を追うように地下から出てきた赤髪の少女がひとり。
その少女はずっと――蘭丸あるいは未来のロゼが現れたときからその様子を見ていた。
外の世界を知らない彼女は、パーシヴァルたちの魂と命のやりとりを見ていた。
「ろ……ぜ……?」
少女――燃料用の人間として作られた倉庫の『ROSE』は初めて言葉を発した。
「待て、他に誰かいる?」
少女の声に気づく零。
辺りをよく見てみれば、地下につながっていたコンテナの近くにロゼとは別の赤髪の少女がいた。地下2階にいた少女たちのひとりだろう。
その少女はロゼそっくりだが、どこか空っぽでロゼよりも未熟な雰囲気があった。
「その子も連れて行こう。助けられるなら助けるのが筋だろう」
と、零。
「そうだな。パーシヴァルが落ち着いたらその子も一緒に行くか」
ペドロも言った。




