7 ロゼと赤髪の少女たち
「……よ」
「ねえ…………そと……たくな…………?」
マンホールから声が聞こえる。
高く、少し舌っ足らずな声は少女のものだろう。
その声を聞き、零は確信した。
正規の出入り口かどうかはさておき、ここから下層に侵入できる。下層には助けるべき少女たちもいる。
「パーシヴァル! こっちだ! ここから下に降りられる!」
零は言った。
「本当か。すぐに行こう。いつロゼが燃料にされてしまうかわからない」
2人はマンホールを通って下層へ。途中、零の持つ兵器が引っかかることもあったが、穴の一部を破壊してなんとか通り抜けた。
下層は切れかけの蛍光灯で照らされた牢のような場所だった。
隅には薬剤などの入った棚が置かれ、空間の中央を仕切るように鉄格子がある。鉄格子の向こう側には何人もの少女たちが閉じ込められていた。
「なんで? ロゼ、外に出たいのに?」
ロゼは別の少女に向けて言う。
「う…………」
少女は答えに詰まる。いや、返答に困っているのではない。単に言葉が出ないだけのようだ。
その少女も、別の少女たちも全員ロゼと同じ赤髪で。
パーシヴァルは全員が『ROSE』――ロゼのクローンであることに気づいた。
「ロゼ!」
パーシヴァルは鉄格子越しにロゼに駆け寄った。
「にいに! ロゼ、ここからでようとしたけど出られなかった。どうしよう」
と、ロゼ。
パーシヴァルと再会できたことを喜んでいるようだが、出られるかどうかは別の話。出たがっていることは確かなようだが。
「こじ開けてみるか。ロゼは錬金術に慣れていないからな、仕方ない」
と言って、鉄格子を錬金術でこじ開けようとしたそのときだった。
「何をしているのかね? しかも君はアイン・ソフ・オウルの人間じゃないか」
パーシヴァルも聞いたことのある男の声。
ただし、そこにあるのは敵意だけ。
「聞きたいのはこっちだな。転生病棟の医師がなぜここにいる。同じ系列とはいえ、情報を漏らさないために職員はほとんど外に出ないと聞いていたが。なあ、デリック」
パーシヴァルは言う。
声の主デリックは金髪で細身の男。白衣を着ており、その手の職業だとすぐにわかる。
「転生病棟がどうなったか、君は知っているだろう。中心にいたわけではなくとも、その結末を見ていたはずだ。『ROSE』に夾雑物を作り出したこともわかっているだろう」
と、デリックは言った。
「回りくどいことを言う……それに夾雑物なんて言うな。ロゼはロゼだ。二度と間違えるな、三流が」
そう言って、パーシヴァルはデリックに冷徹なまなざしを向ける。かつてのパーシヴァルが戻ってきたようなまなざしを。
だが、デリックは怯まない。
「三流か……そう言う君は裏切り者だ。覚悟――」
デリックが行動を起こそうとした瞬間。パーシヴァルは電撃を放つ。
一瞬だった。
電撃がデリックに命中し、デリックは即死する。
元幹部と非戦闘員という差こそあるが、あまりにも圧倒的だった。
「気を取り直そう。今助けるからな、ロゼ」
パーシヴァルはすぐに檻へと近づき、錬金術を使って鉄格子をねじ曲げる。
少女が通れる程度の穴ができると、ロゼは真っ先に外に出る。
だが。
「ねえ、でようよ。そと」
ロゼは檻の中の少女たちに向き直り、言った。
が、少女たちは檻の中にいることが当たり前であるかのように外へ出ようとしない。恐れているのか、何かが足りないのか。
「ロゼの言うとおり。ここは危険だ。早く外に出た方が良い。俺があんたたちを守るから。一緒に来てくれ。頼む」
と、パーシヴァルも言う。
それでも檻の中の少女たちは応じない。言葉も発さず、きょとんとしている。あるいはパーシヴァルを恐れて檻の奥へと引っ込むか。
「外に出ることを望まない子もいるのか。ここにいることが当たり前なら、それも仕方ないのかもしれないな」
パーシヴァルの後ろで零が言った。
「……そうだな。転生病棟のあの子たちと同じだ。俺には、どうすることもできない」
と、パーシヴァルは悔しそうに言った。
パーシヴァルと零はロゼとともに外に出ることにした。
錬金術で作り出したはしごをマンホールに向けてかけ、パーシヴァルを先頭にしてのぼる。
そうやって地下2階から地下1階、地上へと出る。
「にいに、辛いの?」
はしごをのぼるとき、ロゼはパーシヴァルに尋ねた。
「つらい……というより、悔しいだろうか。自分が思うようにことが進まなかったら嫌だろ?そんな気持ちだ、悔しいっていうのは」
と、パーシヴァルは答える。
「じゃあロゼもおなじ。ロゼも“くやしい”。みんなといっしょに出られなかったから」
ロゼも言う。
パーシヴァルたちがはしごをのぼりきった頃。
赤髪の少女のひとりが檻を出た。彼女はロゼがやったのと同じようにはしごをのぼり、上の階へ。
そこで少女は閉じ込められた少女を見た。
彼女自身とほとんど同じ見た目の少女が、培養槽に閉じ込められている。生きているのか死んでいるのかもわからない。
だが、少女は直感的に自分がああなるかもしれないと察し。考える間もなく壊された鉄扉を抜け、階段を上り、地上部分へと出た。
そこは倉庫。
限られた空間ではあるが、彼女の知る箱庭より広い。未知なる世界。
「あ…………」
少女は言葉にもならない声を発した。




