5 倉庫にあったもの
望月雫という人物は相当な実力を持つ錬金術師だという。イデア使いでもなければ、パーシヴァルのようにナノースを移植されたわけでもない。ただ、錬金術の実力と戦闘センスだけでΩ計画の重要人物となったのだ。
それが、零が雫本人から直接聞いたことであり、零がその目で見たこと。
「それは初耳だ。恐ろしいやつがいたもんだ。アノニマスとカノンが主導して、ルシーダや俺たちがその下で……という構造だと思っていたのに」
零の言葉を受けてパーシヴァルは言った。
すると、再び零は口を開く。
「そうだ、アノニマスだ。やつはアノニマスの名前を何度も口にした。組織でよく話題に上がるアノニマスの特徴にも当てはまる。一度は封印されても十数年前に復活して何かをしていた。その前には……人間を吸血鬼に変えるとあるアイテムをばらまいた。それがアノニマスだ」
パーシヴァルはアノニマスのことをよく知らない。
転生病棟の理事長ではあったが、あくまでも転生病棟を動かしていたのはカノン。だからか、アノニマスはあまり表には出てこない。アノニマスはあくまでも新しい世界を作るための偶像のような人物、少なくともパーシヴァルはそう思っていた。たとえアノニマスが天才だったとしても、表に出るのは基本的にカノンだったのだ。
「どういうことだ……アノニマスがそんなことをしたなんて、知らなかった。俺の事情が特殊だったからか?」
パーシヴァルは呟いた。
零はパーシヴァルの事情を察したようで、詮索しようとはしなかった。
「とにかく俺たちには情報が必要だ。もう少し調べてみるか」
零はそれだけを言う。だが。
「調べることは前提として、俺の仲間も捕まっている。2人を救出するんだが、あんたはどうだ? 嫌じゃないか?」
と、パーシヴァル。
「任せるよ。助けられた恩もある」
パーシヴァルと、コンテナから解放された零。2人は零のいたコンテナを離れ、倉庫の地上部分の最下層の探索を再開した。
コンテナのうち、開けられるものは開けた。
「これは、燃料用人造人間用の液体食料か」
『R』とかかれたオレンジ色のコンテナには、濁ったピンク色の液体の入ったボトルが大量に置かれていた。
パーシヴァルはそのうちのひとつを手に取り、よく見た。
「転生病棟で見たものより前のやつか。『ROSE』用液体配合飼料だそうだ。ロゼは人間なのにな。まるで家畜だ」
パーシヴァルは吐き捨てるように言った。
「ロゼとやらを知っているような口ぶりだな」
と、零。
「知っているさ。少女のロゼも、少女じゃないロゼも。どのロゼも自我のある人間だ」
パーシヴァルは言った。
「この液体食料だがここに保管されて、発電プラントに輸送されるんだろう。転生病棟と同じやつには更新できていないらしい」
さらにパーシヴァルは続ける。
「どうするんだ、これは」
「1つだけもらっていこう。もしかしたらロゼも知っているかもしれない」
零に聞かれ、答えたパーシヴァル。そんな彼も、答えた直後にうろたえる。意図せずロゼの名を口にしたことで。
「まさかお前……ロゼを連れて転生病棟を」
零は聞き返す。
「……まあ、その通りだ。全員揃ったら詳しいことは話す。ただな、確実にロゼはこの倉庫のどこかにいる。俺やあんたと同じく捕まっているはずだ。急ぐぞ。早くしないと……」
パーシヴァルは答えた。
2人は再びコンテナを片っ端から開けてゆく。零のように、コンテナに閉じ込められた者がいないかどうか見るために。
だが、ロゼもペドロもコンテナの中にはいない。
コンテナの中にあったものはどれもΩ計画の研究成果ばかり。生体兵器マンカインドΩが厳重に閉じ込められているコンテナもあった。よくわからない薬が中に積まれたコンテナもあった。
そうしてコンテナを開けていくと、パーシヴァルはまたもとんでもないものを発見することとなった。
そこには木箱と兵器のようなものが並べられていた。
木箱に入っていないものは、腕に装着するような形――形状として近いものは義手だろう。だが、義手がメインではなくパイルバンカーがメインだ。
パーシヴァルはコンテナの中の兵器を見たことがあった。
ラオディケが研究していた代物、外付けの術式兵器だ。
錬金術の術式を外付けにすることで、錬金術師ではない人間も擬似的に錬金術を扱えるようになる。目の前にあるものやラオディケが研究していたものはそれを兵器に転用したようなもの。
「何だ、これは……」
零はコンテナの中身を見てそう言った。
潜入調査をしていてもわからなかったのだろう。どうやら零は見たこともないらしい。
「外付けの術式兵器だな。この兵器をどう使うのかはわからないが、開発者のことだ。どうせろくでもない使い方なんだろうな。兵器を持っている間だけ錬金術を使えるようになるらしいことは聞いている」
パーシヴァルは答えた。
すると、零は興味深そうに兵器へと近づいた。
外付けの術式兵器は金属製のようで重厚感がある。
零はその兵器を隅々まで観察し。
「試しに使ってみるか。使わなければわからないこともあるだろう。使用感、実際に使ってみてどんなことが起きるか。それ含めた情報を持ち帰ってみたい」
と言って、零は術式兵器を持ち上げる。
重厚感のある兵器だが、見た目ほどの重さはない。錬金術がメインとなるため、動かすための機構はかなり簡略化されているのかもしれない。
加えて、装着する部分の中は空洞。腕を失っていなければ装着できないわけではなく、手袋や鎧のように装着するらしい。
「待て、試作品なら危険かもしれない」
パーシヴァルは言うが。
「大丈夫だ。俺は結構丈夫な一族だからな」
と言って、零は忠告も聞かずに術式兵器を利き手ではない左手に装着した。
瞬間。
零の左腕にとんでもない激痛が走る。
激痛は5秒ほど続くが、それは永遠かのように長く感じられる。
それが終われば今度は直接脳に届くような浮遊感。加えて、何かとつながるような感覚。
零は立っていられず、座り込む。
「だめだ! 今すぐそいつを外してくれ! あんたに何かあったらどうするんだ!」
パーシヴァルは零を止める。だが。
「ぐ……まだ、耐えられるッ! これも、任務だ!」
悶える零だが、全身に及ぶ感覚はやがてなりを潜め。
零は立ち上がる。
その姿はまるで新しい力を得た戦士のよう。その顔からは苦痛の色一つなくなっていた。
「……ふう、なじんだみたいだ。もうなんともないぜ」
零は言った。




