33 世界の研究
リルトはタケル、アカネを研究室へと案内する。
ここに住んでいる3人のうち、錬金術師はリルトとラディム。だが、研究室をすべて共有しているわけではなく、リルトも独自の研究室を持っていた。
そこは、転生病棟やその系列施設と似ているようで、どこか決定的に違うような場所だった。いくつかの培養槽が置かれているが、その中には培養液すら入っていない。一方で、これまでにΩ計画の関連施設では見たこともない機器がいくつか。
「これは……」
タケルは研究室の中を見てそう言った。
「あー……えっとねえ。私が研究しているのは世界について。ラディムみたいに人を作るようなこと、私にはできないよ」
リルトは答えた。
「人を作る? まるでΩ計画じゃないか……やってることが」
「でも、ラディムはΩ計画の錬金術師よりできる人だよ。頭のおかしいどこぞの連中より100倍も。だってあいつら、元素と遺伝子から人を作るなんてまだできてないし」
タケルに言われるとリルトはぽろりと答えた。
「細胞から作るのはまだわかる。でも、元素からって……ありえない」
「それが、ありえなくないんだな? だって、私がその元素から作られたホムンクルスってやつだから。あれみたいな培養槽にDNAと元素を入れて、人体のすべてを示す方程式を立てる。それで演算すれば胎児みたいなのができて、成長したのが私」
リルトが言うと、タケルとアカネはぽかんとした。
2人の理解のさらに先を行くリルトを前にすれば当然か。
そうやって話しながら3人は研究室の置くまで歩いてゆく。見たこともない研究機器は動いているようで、何かを計測しているようだった。
研究室の最奥部に来たとき。リルトはタケルたちの方へと向き直り。
「ま、その導入は置いといて。私が世界について研究しているのはね、この大陸での世界の認識が正しくないと思ったから」
タケルの予想外のことを口にしたのだ。
「世界の認識?」
アカネが聞き返す。
「そう。たとえば、レムリア大陸の外の死の海域。そこで死んだり戻ってくる人ばかりだから世界はそこまでって言われているけど。もし、その外に何かあるんだったら? 空の向こう側にも何かあるんだったら?」
と、リルトは語る。
彼女の言葉は、望月史郎から聞いたことと似ていた。リルトもまた、異なる世界への見解を持っている。
「哲学みたい。でも、ロマンあるね」
アカネが言う。
彼女に続いてタケルも口を開く。
「見たことがないけど、世界の果てなんて人間が観測できるものじゃないと思うんだ」
タケルがそう言うと、リルトはさらに語る。
「わかるよ。私もそう思う。おかしいんだよ、この世界は。ゲートも、8つの異常性も、箱庭のような世界も、将来起こりうる災厄も。私が錬金術を学び始めてから、世界にはどんどんほころびが増えている。一般的な世界観では、そのほころびに気づくことなんてできないよ」
リルトは語りながら、特にタケルに目を合わせる。本命がタケルであることを強調するかのように。
そんな中、アカネが口を開いた。
「世界のほころびの前、将来起こりうる災厄について聞きたいかも。どこで知った?」
彼女の言葉は、特にタケルにとって思いもよらぬことだった。
「ちなみに私は、ミッシェルに聞いた」
アカネはそう付け加える。
リルトはアカネに聞かれて少しばかり黙り込むが。
「それを経験した人を知っているんだよねえ。あとは、ゲートを少し弄って、未来につながるようにして検証した。これでいいかな? 足りなかったらもう少し説明はするけど」
リルトは答えた。
「それって、大洪水だったりする?」
アカネが聞き返すと、リルトは難しそうな表情を見せる。返答に困っていることは目に見えていた。だが、リルトは苦虫をかみつぶしたように言った。
「……ゲートから見たのは、水没するクロックワイズの町。可能性は高いと思う」
リルトの返答で、アカネの中では何かがつながったように感じられた。
異常な世界のほころびは増している。その果て――にあるかどうかはわからないが、未来では大洪水が待っている。明るい未来など存在しないのだ。
アカネはぐっと拳を握りしめた。
彼女がミッシェルに聞いたことはおそらく本当のこと。未来では大洪水が起こり、わずかな生き残りがスラニア山脈で暮らしている。望みをかけてミッシェルは、過去に飛んだ。
「変えられないかな、未来って」
アカネは言った。
「そのために研究してるんだよ。だからΩ計画に狙われていたりするんだけどね。ほころびの状況次第では時間遡行も視野に入れてる。ここまでやってると、狙われない方がおかしいよね!」
と、リルトは軽く言う。
「時間遡行だって?」
今度はタケルが尋ねた。
「今はできないけど、多分できるようになる。この前、イデア能力を錬金術のように術式として表すことができたからね。近いうちに、再現性がちゃんとしていない状態なら時間遡行はできるようになるかも」
リルトは答えた。
やはり彼女は天才だ。きっとリルトは将来的に何か凄いことを成し遂げる。
「いざとなったら時間遡行でなんとかするけど、今はあなたが頼りだよ。タケル」
そう続け、締めくくるリルト。
タケルにかかるのはとんでもない重圧。未来を変えるような戦いに身を置いた時点でこうなることは決まっていたのかもしれないが――
「僕が頼り……」
タケルは呟いた。
「あなたならΩ計画を潰せそうだからね。世界がどうしようもない状況だし……私もさすがに見て見ぬ振りはできないかな」
そう言ったときのリルトの表情は、先ほどとは明らかに別物だった。
【用語解説】
ゲート
異世界につながるもの。異能力・イデア能力に覚醒するガスを放つ。研究によって、世界が不安定なほど発生しやすいことが判明した。一応、ある方法で閉じることもできる。
本作の時系列では異世界だけでなく、過去や未来につながるゲートも発生するようになった。これも世界のほころびが関係しているだろう。
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