30 謎の錬金術師・望月史郎
食事と片付けの後、タケルたちはテントへと戻る。
「スティーグとマリウスはキャンプに慣れているんだね」
同じテントで寝泊まりするスティーグとマリウスに、タケルは言った。
「ま、そうだな。こういうのも全部スティーグに教えてもらった。俺の師匠なんだよ。もう10年以上世話になってる」
マリウスは答えた。
「ああ。グレていたお坊ちゃまの根性も、こうすれば直ると思ってな。本当に上手くいくとは思わなかったが」
と、スティーグも続ける。
やはりマリウスは過去に、出自に何かあったのだろう。
「本当に僕の知らないことばかりだったんだ。雪が積もるような山も、こうやって野営しながら山を登ることも、ワイルドな料理も。全部僕の知らないことだったんだ。どちらの過去でも僕は温室育ちだから」
タケルは言った。
「お前、どちらのって……」
「僕がクローンかもしれないって話はしたよね? クローンとして育った環境でも、錬金術学生をしていた人生でもこういう経験はなかったんだ。だから新鮮なんだ」
マリウスが尋ねるとタケルは答える。
「ちょっと外を散歩してくるね。キャンプ地からは離れないから」
と言うと、タケルは防寒着を着て外に出る。マリウスとスティーグが止めるのも聞かずに。まるで何かに呼ばれたかのように。
外に出たタケルは満天の星空を見上げた。
それは人が住む場所からはおおよそ見られないであろう星空。星座をつないでも星が余るくらいに星が見えた。
「……これも見たことがない。そうだ。全部僕の見たことのない世界だ」
タケルは呟いた。
「そうか。君はこの星空を見たことがないのか」
聞き慣れない声。タケルは思わず振り向いた。
そこにいたのは60代くらいの、タケルの知らない男だった。
「見たことはありませんが……あなたは」
タケルは聞き返す。
「名乗らなくてはならないな。私は望月史郎。カノン・ジョスパンの元師匠。ただし不幸な事故でカノンにトラウマを植え付けてしまってな。彼とは決別するに至った」
男は望月史郎と名乗る。
「決別……」
「まあ、そんなことはいい。君は、空の星がどこにあるか考えたことはあるか?」
と、望月史郎は続ける。
「あるよ……父さんは空には蓋があるとか言っていたけど、僕はその先があると思った。けれど、世の中で言われていることはそうじゃない」
タケルは答えた。
「なるほど。確かにそうだ。一般的には海を含めた板が世界で、世界の果てのその先には何もない。ある種の世界の果てが空で、行き止まりであることを示すのが星。そう言われている」
望月史郎はゆっくりと歩き始め、言った。
彼の語ったことこそが、レムリア大陸で信じられている『世界』というものだ。
タケルも望月史郎に合わせて歩き始め。
「うん。でも、世界の果てのその先にもまだ世界は続いていると思うんだ。それで、きっと世界は無限に続いているか、どこかでまたここに戻ってくるように丸いか。僕はそのどちらかだと思う」
タケルが言うと望月史郎は目を丸くする。
「まさか私の著書でも読んだのかな?」
望月史郎は尋ねた。
「ううん。自分で考えた。アカデミーの本を読むと世界の造りが矛盾している気がしたんだ」
「なるほど。私も同じ考えだ。というより、世界が丸く、その外は無限大だと信じている。どうやら君に未来を託せるだろう」
「未来……」
タケルが言うと、望月史郎は表情を変える。月明かりと星明かりだけでもわかるほどに。
「私の元教え子、カノンが進めるΩ計画。あれは危険だ。あの計画では未来はより悪い方向に向かうだろう」
望月史郎は続けた。
「だろうね。僕もわかるよ。止めないといけない」
タケルは言う。
「話が早くて助かるぞ。どうにかカノンを止めてくれないか? あの計画だけは続けさせてはならない。あれは、人類を滅び、破滅へと導く悪魔の計画なのだ」
望月史郎の口調は真剣だった。それだけでなく、説得力もあった。
「わかった。必ずΩ計画を阻止する。Ω計画が完遂された未来は、悲しみしか生まないから」
と、タケルは言った。
そこにはタケルの決意もあった。自分が死なないためだけではない。愛するエステルを自分の手で死なせないため、仲間を死なせないため、カノン・ジョスパンの身勝手な計画に無関係な者たちを巻き込まないため。
だからタケルは決めた。
必ずΩ計画を潰す。Ω計画によって生み出された邪悪な研究成果を留出させないと。
「頼もしいな。それでこそ――」
言葉が終わる前に銃声が響く。直後、望月史郎の鳩尾から血がだらだらと流れ出てきた。
「史郎さん!?」
タケルが駆け寄り、手を伸ばすも望月史郎は手を振り払う。
望月史郎は後ずさりながら鳩尾の銃創を塞ごうと錬金術を使うが――また銃声。
今度は頭を撃ち抜かれ。望月史郎は仰向けに倒れるように吹っ飛び、そのまま山を滑落していくではないか。
「あ……」
タケルは声を漏らす。
自身の前で人が射殺された。次は自身に銃口が向くだろう、そう考えていた。
だが、タケルの予測に反して銃声は聞こえない。見られている感覚もない。
タケルは警戒しつつテントに戻ろうとしたが、ひらりと落ちてくる紙切れに気づいた。タケルはその紙切れを手に取って見てみる。
――今回は殺さないが、お前を監視している。
紙切れにはそう書かれていた。
書かれた文字を読んだタケルの背筋がぞくりとした。
戻らなければ。
タケルはテントの光のある方へと歩いて行き、自身のいたテントへ戻った。
【登場人物紹介】
望月史郎
タケルが山で出会った謎の錬金術師。カノンの師匠を名乗るが詳細は不明。何か隠したまま何者かに射殺される。




