29 スティーグとマリウスのサバイバル飯(タケル御一行ver)
キャンプ地に近づくとコーヒーの匂いがタケルの鼻に届く。
タケルたち3人が戻る頃には、マリウスたちもテントを張り終えて待っているところだった。マリウスたちはちょうどバーナーでお湯を沸かしてコーヒーを飲んでいたのだ。
「おかえり。コーヒーでも飲むか? 持ってきた水沸かして俺が淹れたやつだ」
岩に腰掛けたマリウスは言った。
「ありがたい。貰おう。タケルとエステルはどうだ?」
と、スティーグ。
「僕も頂くよ」
「人間の飲み物には慣れないが、私も頂こう」
タケルとエステルも答える。
すると、マリウスはバーナーに置いていたクッカーからお湯を注ぎ、コーヒーを淹れ。マグカップに注いで手渡した。
「ありがとう、マリウス」
と言って、タケルはコーヒーを口にした。
口の中には苦味とコクが広がる。酸味が少ないのはマリウスの好みだろうか。
温度も丁度良く、冷えたタケルの体を温める。
「落ち着くね。寒いのには慣れてないけど」
タケルは言った。
「そうだな。どれだけ険しい山でもこうやって温かいものを飲むだけで頑張ろうと思えるんだよな。いつも飲むコーヒーも美味いが山で飲むコーヒーは死ぬほど美味い」
マリウスはそう言うとコーヒーを口に含む。アカネやスティーグ、エステルもコーヒーを飲んでいたがミッシェルだけがコーヒーに口をつけていなかった。ミッシェルはコーヒーの入ったマグカップを両手で持っているだけだった。
「さっきから思ったんだが、お前はもういいのか?」
マリウスはエステルの様子を見て尋ねる。
「あ? あたしはいいんだよ。どうせほとんど味がわかんねえから。匂いは辛うじてわかっても、あたしにとってはちょっと渋いお湯を飲んでるのと変わらねえ。悪いな、マリウス。気持ちは受け取っとくからさぁ」
と、ミッシェルは言う。
彼女は度重なる人体実験で味覚を失っていたのだ。
「ミッシェル……ってことは、これまでの道中に私が勧めたのも……」
「すまねえな、アカネ。残念ながらそうだぜ。ま、激辛スープと紅茶は美味しかったぜ」
アカネが尋ねるとミッシェルは答えた。
その話を聞いていたスティーグも口を開く。
「なるほどな。これから作る料理の参考にしようか」
「お、また作ってくれるのか! スティーグのサバイバル料理!」
反応するマリウス。
「ああ。誰か手伝ってくれるか?」
スティーグが尋ねるとタケル、エステル、アカネが手伝いを申し出た。
まずスティーグは近くにあった岩をとり、タケルの汲んできた水で洗って拭いて即席のカマドを作る。
次にスティーグは魚を取り、軽く洗ってカマドの上にのせた。
「カマドを作ったら次は魚を捌くぞ。持ってきておいたナイフを魚の腹に入れて、切り開く。切り開いたら内臓を出して洗う。タケル、水をかけてくれ」
スティーグが言うと、タケルは近くに置いてあったボトルを手に取り、魚に水をかける。
そうやって洗うとまたスティーグは言う。
「次は調味料を調合しよう。今から言うようにやってくれ。あら塩と、俺が配合したスパイスとハーブをそれぞれ小さじ2杯ずつ木の入れ物に入れるんだ。できたらそれをすり潰す。焼くときに使うからな」
「わかった、私がやるよ」
と言って、アカネはスティーグに言われたように調味料を出してすりつぶす。
「その間に魚を食べやすい大きさにするぞ。魚の頭を落として骨を取る。6等分にカットする。そっちはどうだ?もう混ざったか?」
「もちろん! いつでも使えるよ!」
スティーグが言うと、アカネは答えて調味料入りのボウルをカマドの近くに置いた。
「じゃあ、魚に味をつけるぞ。コイツを魚にまぶす。まぶしたら焼くからそろそろ油を敷いておこうか。タケルは火の準備も頼む」
と、スティーグ。
すると、エステルが油を取った。スティーグはカマドの上を指し、エステルがそこに油をしく。
タケルも燃料を取ってカマドの中に入れる。
そうして準備ができると、スティーグはカマドに火を入れて魚の上からふたをした。
「これができたら次は付け合わせを作ろう。採ってきた山菜をちぎって、スラニア芋を洗ってから切る。魚をひっくり返すときに入れて焼くぞ」
と、スティーグ。
指示された通りにタケルが山菜と芋を取り、食べやすい大きさにする。
付け合わせの下処理が終わる頃にはほんのりと魚の焼ける匂いが漂いはじめた。
「これは……嗅いだことはないが本能的に食べたくなる匂いだ」
エステルは思わず言った。
「そう言ってくれるとサバイバル料理をしてきた甲斐があるな。もし俺と似たような好みならきっと口にあうはずだ」
スティーグはそう言うと笑みを浮かべる。
だが、エステルの鼻腔をくすぐったのは魚の匂いだけではない。パンやスープの匂いまでも。
「これは……」
と言ってエステルが見回すと、マリウスが料理をしているところが目に入る。
「スティーグの手伝いをしなくてもこっちはこっちで作ってるよ。パンとスープがなきゃ物足りねえだろ?」
マリウスは言った。
そうして、タケルたちが6人で作った料理ができあがる。
魚の香り焼きにきのこのスープに木の実入りのパン。それらがシートの真ん中に並べられた。匂いだけでなく、見た目も良い。
「よし、食べるか」
全員の分を取り分けると、スティーグは言った。
タケルはさっそく魚の香り焼きを口にする。
するとどうだろう。口の中いっぱいに魚のうま味と塩味、スパイスとハーブの風味が広がる。臭みという臭みは一切無く、タケルが今までに口にした魚料理で一二を争うほどに美味しい。
「すごい……こんなの、初めてだ。これが料理か。手を加えないで食べるのとは大違いだ」
タケルの隣でエステルが言葉をこぼす。
「気に入ったか?」
と、スティーグ。
「ああ。なぜこれまで食料を加工しなかったか後悔している。1000年も生きていて今知ったなんて、人生を無駄にしていた気分だ」
エステルは答える。
「それはよかった! 登山用の食事では味気ないと思ったからな、やってみたんだ!」
冷静沈着で穏やかなスティーグには珍しく感情を表に出しているよう。
その傍ら、ミッシェルも言う。
「お、このスープ珍しく味がするじゃん。もしかしてあのキノコ入れた?」
「入れたぜ。ミラクルマッシュルーム。これを食べた後は塩味とうま味を感じやすくなる。食べ過ぎ注意だがな」
マリウスは答えた。
「そりゃいいや。気に入ったぜ。久しぶりに辛いか渋い以外の味がしたからさ」
そう言うとミッシェルはごくごくとスープを飲む。
タケルたちは作った料理を食べながら談笑していた。そうしているうちに夕焼け空は満点の星空に変わっていった。
全く参考にならないレシピみたいなもの
【スラニアサーモンの香り焼き】
(6~7人分)
スラニアサーモン(レムリア大陸に生息する魚。1尾でだいたい6~8人分の魚肉が取れる) 1尾
岩塩 小さじ2
スティーグ特性スパイス 小さじ2
スティーグ特性乾燥ハーブ 小さじ2
油 大さじ2
(付け合わせ)
山菜 350グラム
スラニア芋(レムリア大陸の中央部スラニア山脈の水辺に自生する芋) 2個
岩塩 少々
レインボーベリー(レムリア大陸に自生するベリーに似た何か)の種 ひとつまみ
唐辛子 お好みで※ミッシェルは食べるものには大量に唐辛子を加えていますが胃腸がやられるので唐辛子はほどほどに……




