9 人生か生まれ変わりか
穏やかな態度かと思えば自身が傷つくことを望み、さらにそれが期待外れなら激昂する。フィトは面倒な男だった。
フィトは倒れたミッシェルから視線をタケルに移す。
「さっきは取り乱してしまったね。大丈夫、俺にはいくら痛くしてもいいし暴れてもヴァンサンとミュラーが再教育してくれるから」
フィトはにこりと笑ってそう言った。
直後、タケルはフィトの懐に飛び込んで彼の身体に触れ。無言でナノースを発動。
タケルには解ったことと思い出したことがあった。それはナノースの発動方法と自身が救い出すべき人物について。記憶が蘇った瞬間、タケルの動きは鈍る。フィトはそこを狙ってチャクラムを振るう。
「しまった……!?」
記憶が一部蘇ったところで、避けきれない。チャクラムはタケルの白衣を切り裂き、彼の皮膚にも達するところだったが――
「おおおおっ!」
熱を持った光線。フィトは致命傷にならない範囲で受けた。そうしたことでチャクラムはわずかにタケルには届かず。結果的にタケルは無傷でいられた。フィト戦では。
光線を受けるときも、フィトは恍惚の笑みを浮かべた。が、タケルが触れようとすれば躱し。
フィトの右半身は光線に焼かれ、爛れていた。
「君たちもせっかちだね……別に急患でも何でもないんだし」
と、フィトは言う。
先程と同じようにフィトの身体は修復される。まるで自動的に術式の演算が行われているかのよう。だが、それを好機と見たタケルがフィトに近づき。
「解ったよ、少し。僕のナノースの使い方」
タケルはフィトに触れた。
すると、タケルのナノースが発動。肉体の修復のための術式に耐性ある術式が撃ち込まれた。これでフィトの肉体の再生には大打撃。
フィトもタケルにナノースを使おうとしていたが、『Vaccine』のナノースを持つタケルには効かず。
そうしてタケルが触れた部分は強い光を発し、フィトは中途半端に再生する中で吹っ飛ばされる。
が、フィトはまだ絶命していない。
フィトは焼け爛れ、血塗れの状態で立ち上がる。ビチャビチャと血を滴らせ、常人ならば死んでいてもおかしくない状態でも生きている。
そんな彼の表情は恍惚の笑み。さらに、息が上がっているのか興奮しているのか、フィトはハアハアと荒い息を繰り返していた。
「ァハハ……そうだよ!!! これでこそナノース持ち!!! 君と命を削り合うのがあまりにも楽しくて楽しくて……!!!」
そんな状況でもフィトは言った。もはや狂気である。
それでも生きているフィトに困惑するタケル。だが。
「避けろよ、タケル! これは千載一遇だぜ!」
タケルの背後からの声。マリウスだった。
マリウスは口にエネルギーを溜め込み、光線を撃つ。射線上にいたタケルはすぐさま避ける。
光線はフィトに当たるのだが、フィトは光線を『Wheel』のナノースで轢き潰す。
「邪魔するなよ!? せっかくナノースを味わえるってのによォ!?」
激昂するフィト。それでも構わず次の攻撃に入ろうとしたマリウス。だからフィトはマリウスとの距離を詰めてナノースで轢き潰す。
残るはタケルひとり。
タケルを前にして、フィトの怒りは一度収まった。だが、再びフィトは恍惚の笑みを浮かべて話し出す。
「俺はね、その気になれば全員を簡単に殺せるんだ。でもやらないのは君を気に入ったから。これを見れば分かるだろうが、俺も君と同じ道を辿ったんだ。死んではいないけどね」
と言って、白衣の下のシャツを破いた。
露わになった『5』という数字とその上に印字されたバーコード。さらには数字の下に刻まれた赤いバツ印。
「これがね、俺が何者かを示すもの。俺も一度病棟に歯向かって再教育を受けたんだよ。でもこうして生きて、戦っている。怖くないよ、ナロンチャイ・ジャイデット」
フィトは続ける。
時期はわからずとも、彼もタケルと同じことをしたらしい。だが、再教育を経て今は反逆者を鎮圧しようとしている。運命のいたずらのようだ。
「怖いのは再教育じゃない。人生を取り戻せないことだ……!」
と、タケル。
するとフィトはため息をつく。
「君は知らないんだ……! 滅茶苦茶なプログラムを経て自分が自分ではなくなり、新しい扉を開く! それはもう、生まれ変わりみたいだ。怖いことじゃない。人間としてより高みに到達するんだ、生まれ変わることは悪い事でもない」
フィトはタケルの眼の前にまで距離を詰め、ナノースではない術式を行使した。対するタケルはフィトの戦い方がわかっていたかのようにフィトに触れる。
「君は本当に君なのか?」
タケルが尋ねた瞬間、フィトの全身から血が噴き出した。
『Vaccine』の術式がフィトの全身に張り巡らされた術式を攻撃し、結果としてフィトの身体を傷つける。感染性の出血熱のように。
無惨にもタケルのナノースによって全身の組織を破壊され、フィトは絶命した。
血溜まりの中に横たわるフィトの亡骸の傍らには、彼の持ち物があった。カードキーと小型タブレットだった。
タケルは近くの箱から手袋を出してつけ、カードキーとタブレットを拾い上げようとした。
その時だった。
「くっそ、やられてんじゃねえかフィトの野郎」
「落ち着きなさいよ。この状況で応援要請を出してんのよ。やられたことはさておき、せめてここまでやろうって考えたのはまだ有能じゃない」
「ケヒャッ! ……そうだよ、その通りだ。どこぞの検査技師と違ってね」
「せっかく刺激的な反逆者がいるではありませんか。ここはぱぱっと済ませて牢にぶち込み、しかる後に再教育といきましょう」
タケルの前に立ちはだかる、4人の白衣を着た男女。看護師が2人、医師が2人。全員がアイン・ソフ・オウルの隊員である。
「ああそうだ、僕たちはフィトのように甘くないからね?」
★転生病棟メモ
赤いバツ印が再教育プログラムを受けた回数を示しています。




